第74話 旅路の決意――選ぶ者として
朝の光が差し込む。
レミアの街は春のように静かだった。
昨日までのざわめきが嘘のように、
道には人の往来がある。
しかし視線だけが――以前とは違う。
恐怖でも期待でもない。
尊重と距離感。
“認めながら見守る空気”。
ミナは荷物を背負い、宿の前に立っていた。
カイル、リア、ラウルも準備を終えている。
ラウルが伸びをしながら言う。
「ようやく発つか。
町に腐る前に動けてよかったぜ。」
リアは柔らかく微笑んだ。
「レミアでの学習は十分でした。
勢力、感情、立場……
どれも“世界がどう動くか”の縮図です。」
ミナは小さく息を吸う。
(世界が動いてたんじゃない。
わたしが動いたから――世界が反応したんだ。)
足元の石畳は、今日だけ違うものに感じた。
“踏み出す地面”。
その時――背後から声。
「ミナ殿。」
振り返ると、帝国のフェリクスが立っていた。
彼は深い礼を示し、簡潔に言う。
「帝国はあなたの選択を尊重します。
必要であれば――門はいつでも開きましょう。」
次に現れたのは、昨日の教会司祭。
「神は強制しない。
ただ、見ている。
……迷うたびに祈りなさい。」
そして群衆の中から、アーネスト。
視線は以前のように熱くはなかった。
けれど未だ“夢”を見ている目。
「歩むのなら、願わくば希望を。」
最後に――
遠くの屋根からセレンがこちらを見下ろしていた。
風に乗った声。
「選んでいけ。
世界はそれを待っている。」
ミナは皆を見渡した。
帝国。
教会。
支持者。
観察者。
そして街の人々。
どの視線も違う。
けれど――ひとつだけ共通していた。
“もう、ミナはただの少女ではない。”
胸の中に言葉が生まれる。
ミナは振り返り、仲間たちを見た。
「わたし……怖かった。
選ぶことも、間違うことも。
責められたり、期待されることも。」
カイル、リア、ラウルは黙って聞いていた。
ミナは続けた。
「でも――わかった。」
その目は揺れていない。
「わたしは、“正しい答え”が欲しいんじゃない。」
「“わたしが信じられる答え”で生きたい。」
カイルの表情がわずかに和らぐ。
ミナは空へ向かい、まっすぐ言った。
「だから――歩く。
逃げない。
選ぶ。
これから先も。」
風が吹いた。
レミア中の視線が、その小さな声を聞いたような感覚があった。
そしてミナは一歩、前へ踏み出した。
それは迷いの一歩ではない。
“未来へ向かう第一歩。”
ラウルが笑う。
「よし、じゃあどこ向かう?」
リアが地図を広げる。
「北の“蒼紋都市”。
そこに古代記録と魔導研究施設があります。」
カイルは短く言った。
「次の答えはそこにある。」
ミナは頷く。
仲間たちとともに歩き出す。
レミアの街の門が、小さく遠ざかる。
けれど――背中に温かい視線を感じた。
「ありがとう。」
「また来て……」
「どうか、あなたの行く先に光がありますように。」
ミナは振り返らない。
でも、笑った。
◆そして世界は動く
その日のうちに――
帝国は正式報告を提出。
教会は文書を発行。
観察局は記録を更新。
支持派と拒絶派は議論し続けた。
そして世界の記録に、一行だけ刻まれた。
《ミナ・シュメール――
王国外転移。
“自律的意思選択を確認。”》
ミナは前を向く。
まだ何者でもない。
でも――
「もう、“誰かに決められる存在”じゃない。」
旅は続く。
第一章 《レミア編・完》
75話に続く




