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第71話 火の点火――拒絶の形

翌朝の空気は重かった。

曇天でも嵐でもない。

なのに――街全体が息を潜めている。


ミナは宿の食堂でパンをかじる。

昨日より味が薄い気がした。


ラウルが新聞らしき紙束を置く。


「……もう出回ってやがる。」


紙には大きく見出し。


《魔の少女、帝国・教会・支持派から引き合い。

王国は対応未決定。》


その下には小さく。


《専門家「制御不能の可能性」》

《拒絶派、抗議集会を表明》

《“接触禁止区域”制定の声も》


ミナの手が震える。


(……わたし、まだ何もしてないのに。)


リアが淡々と言う。


「していません。

ですが――“存在している”だけで、十分すぎる理由です。」


カイルは静かな声で付け加えた。


「世界はいつも、“理解できないものから距離を取る”。

最初は疑い。

次は恐怖。

最後が――排除だ。」


ミナは小さく息を呑む。


(排除……)


そのとき。


外から叫び声。


「……来たか。」


カイルが立ち上がる。


ミナ・リア・ラウルも続く。


◆街角の集団


宿前の広場には、人が集まっていた。

昨日のより数が多い。

そして――顔つきが違う。


怒り。

不安。

恐怖。

その混じった火種。


空気を割ったのは、中年の男の声。


「この街を危険に晒す存在を放置するな!」


賛同の声が続く。


「昨日だって、魔物を呼んだだろ!」

「違う、従わせたんだ!」

「それが怖いんだよ!!」


ミナの名前が出た瞬間、周囲の視線が向いた。


まるで――標的を確認するように。


ラウルが低く言う。


「ミナ、後ろに下がれ。」


だが遅かった。


若い男が石を拾い、構えた。


それは――昨日と違う。


ためらいがなかった。


(また――石?

でも……)


今回は。


狙いが“足元”じゃない。

胸。

顔。

当てるために投げられる石。


腕が振りかぶられ――


――放たれた。


ミナは瞬間、目を閉じた。


だが――痛みは来なかった。


代わりに聞こえたのは硬い音。


ガンッ。


石は空中で止められていた。


カイルの手だ。


握り潰せる力を持ちながら――

潰さず、ただ止めた。


カイルは投げた男を見た。


冷たく、しかし怒りではない。


線を引く目。


男は威勢を張るように言った。


「な……なんだよ……!

怖いからだ!

お前たちだってわかってるんだろ!?

あいつは危険なんだ!!」


その瞬間、ミナの胸に何かが突き刺さる。


(危険。

危険……

わたしが……)


声が震えた。


「――わたしは、危険じゃない。」


群衆が息を飲む。


ミナは一歩前に出る。


(怖いけど……止まらない。)


「魔物を呼んでない。

従わせてもない。

傷つけてもない。」


声は震えている。

でも、折れていない。


「わたしがしたことは――

ただ――」


「助けた。それだけ。」


一瞬。


風すら止まったような静寂。


だけど――


拒絶派の誰かが叫んだ。


「それでも怖いものは怖いんだ!!!」


その叫びが――火種だった。


暴動は起きなかった。

殴り合いにもならなかった。


けれど――


街の空気は、“対立”として固定された。


支持か。

拒絶か。


もう――

曖昧にはできない。


◆静かな余韻


宿へ戻る道。

誰もしゃべらなかった。


そして部屋に戻ったあと。


ミナは絞り出すように言った。


「……傷つけてないのに。

助けたのに。

それでも、怖いの……?」


カイルは答えなかった。


代わりに。


そっと、ミナの肩に手を置いた。


言葉でなく――支える重み。


ミナの涙が静かに落ちた。


(わたしが変われば、全部変わると思ってた。

でも違う……

世界は……


――わたしが“どうありたいか”を、まだ聞いてくれない。)


でもその涙の奥に。


小さな強さがあった。


泣きながら。

ミナは――小さくかすれた声で言った。


「……でも、もう逃げない。」


カイルはその言葉に静かに頷いた。


──第72話へ続く

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