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第70話 影の侵入――わたしは“対象”じゃない

夜。

レミアの街は寝息を立てているはずなのに、

風の音だけが鋭く響く。


宿の廊下。

蝋燭の灯りが揺れ、影が伸びては縮む。


ミナは眠れずに窓辺に座っていた。

外の静けさが、逆に胸をざわつかせる。


(明日は……今日は……

また誰かが来るんだろうか。)


そのとき――


カチャ。


かすかに、扉の鍵が揺れた。


ミナの心臓が跳ねる。


(…………今の音……

風じゃない。)


ドアノブが静かに回る。


鍵を外から扱える者。

つまり――意図している誰か。


ミナは、一歩後ずさる。


扉がゆっくり、音もなく開いた。


薄暗い廊下。

そこに立っていたのは――


白衣の女研究者。


乱れた髪、光に濡れた瞳、震える指先。

理性より欲望が前に出た目。


しかし声は…妙に丁寧だった。


「……こんばんは、ミナ・シュメール。」


ミナの喉が詰まる。


女は一歩踏み入れ、笑みを浮かべた。


「ああ、安心して。

害するつもりはないの。」


言葉は柔らかい。

だが視線は獲物を見る研究者のそれ。


「触れるだけ。

調べるだけ。

ほんの少し――

君の“構造”を知りたいだけ。」


ミナの背に寒気が走る。


(……わたしは……

研究される……対象……?)


女は手を伸ばす。

まっすぐ、迷いなく。


「君が何で、どうして存在できて、

何を生んで、何を壊すのか。

知りたい――ずっと。」


もう少しで触れる。


その瞬間。


――バンッ!


カイルが扉を蹴破るように入った。


手には剣。

目は氷。


「――触れるな。」


研究者の笑みが消える。


「……護衛、か。」


カイルはミナの前に立ち、短く告げる。


「ミナ。逃げるな。」


ミナは息を吸う。


震えてる。

怖い。

だけど――


(わたしは……もう……)


研究者が再び手を伸ばす。


「対象は黙っていて。」


その瞬間。


ミナが言った。


「――わたしは対象じゃない。」


声は震えていた。

でも、折れていなかった。


研究者の腕が止まる。


ミナはもう一度はっきり言った。


「わたしは……

観察されるだけの存在じゃない。

決められる側でもない。

――わたしは、“わたし”。」


空気が変わった。


カイルが剣を構える。


リアとラウルも駆け込んできた。


研究者は……笑った。


「――そう。

自我構築段階、第二段階突破。」


その言葉は賞賛でも侮辱でもなく――記録。


そして静かに退いた。


「今日は観察だけ。

でも――また来る。」


白衣の影は夜に消えた。


扉が閉まる。


ミナの膝が震え、崩れそうになる。


カイルが支えた。


「よく言った。」


ミナは息を吐き、かすかに笑う。


「……怖かった。」


「怖くていい。

それでも言葉を選んだ。

それが――“選び始めた証拠”だ。」


ミナは目を閉じた。


心の中に、ひとつだけ確かな灯があった。


――わたしは、対象じゃない。


──第71話へ続く

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