第7話 はじまりの街ブランツ
日の出とともに森を抜けた俺たちは、ようやく街道へたどり着いた。
遠く、朝日に照らされた白い城壁が見える。
――辺境の街。
交易と冒険者で賑わう、中規模の城塞都市だ。
ミナは息を呑んだように見つめる。
「街……だ……」
昨日まで怯えて震えていた少女の声に、微かな希望が混じっている。
リアが優しく声をかける。
「もう安心です。街に入れば魔物や賊は近寄れません」
カイル・リア・ミナ。
三人は並んで城門の列に並んだ。
門番の審査は厳しめだが、リアの騎士証明でスムーズに入城できた。
街に一歩入った瞬間、ミナは目を丸くする。
活気、笑い声、商人の声、パンの香り――
死と恐怖しかなかった森からの落差に、表情が一気に緩む。
「あ、あの……パン屋さん……!」
子どものように指をさすミナを、リアが柔らかく見守る。
「後で買いに行きましょうね。まずは休める場所を」
「その前に一つだ」
俺は街の中心を指差す。
大きな建物。金色の紋章。
2本の剣と女神の翼――冒険者ギルドの象徴。
「ギルドに登録する。依頼を受けて滞在権を確保しないと、長く街にいるのは難しい」
リアが頷き、ミナは少し心配そうに尋ねる。
「わたしみたいな見習いでも……ギルドって入れるんですか?」
「問題ない。戦える力があるなら歓迎される」
「……いえ、今は……ほとんど魔力が残っていなくて……」
「残っていなくても、魔力がある。それで十分だ」
ミナが一瞬驚いて、それから小さく笑った。
ギルドの扉を開けると、熱気と賑やかな声が押し寄せた。
「新入りか? 依頼ならこっちだ」
「魔物の素材持ち込みは後ろに並べ!」
ざわつく空気を切り裂くようにカウンターの受付嬢が声をかける。
「ようこそ冒険者ギルド・ブランツ支部へ。登録手続きをされますか?」
「三人だ」
「では皆様のお名前と戦闘職をお願いします」
リアは胸に手を当て、生真面目な声で言う。
「リア・ローゼン。職種は前衛・剣士です」
ミナは緊張しながら。
「ミナ・シュメール。職種は……魔導師、見習いです」
受付嬢は微笑んで頷く。
「見習いであっても構いません。魔力保持者はギルドとしても歓迎です」
そして俺に視線が向く。
「お名前と職種をどうぞ」
――職種。
どう答えるべきか少し迷った。
禁呪継承者と名乗れば混乱を招く。
勇者パーティの元メンバーと言えば、すぐ広まる。
無職と言えば余計面倒を呼ぶ。
だから一番穏当に――
「カイル。職種は……魔術師だ」
受付嬢は気に留めず、さくさくと書類を進めていく。
だが後方から、声が飛ぶ。
「おい、魔術師? ははっ、魔術師なら詠唱見せてみろよ!」
テーブル席から、酒臭い中年冒険者が絡んできた。
「女囲って粋がってんじゃねぇよ。
後衛ってだけで手柄横取りのクズばっかなんだよなぁ?」
リアが一歩踏み出す。
「今のは侮辱です。撤回してください」
だが男はにやついた。
「あぁ? 騎士様かよ。面倒くせぇな。
じゃあ実力見せろや、魔術師サマ。
今ここで火でも氷でも出してみろよ!」
周囲がざわつく。完全に面倒なタイプだ。
ミナは怯えてリアの背中に隠れる。
俺は一歩だけ前に出た。
――実力を示せ、と言うのなら。
詠唱も構えもなく、指先を軽く鳴らす。
「《氷結点生成》」
空気が音もなく凍り、
絡んできた男の足元――半径一メートルだけが、厚い氷で覆われた。
動きを止められた男は、凍りついた床でバランスを崩し、尻餅をつく。
騒ぎが一瞬で静まった。
俺は淡々と言う。
「次に口を開くときは、依頼の話だけにしてくれ」
受付嬢はポカンとしたまま、やがて慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません……! こちらで対応いたしますので!」
周囲の冒険者も気づき始めた。
**“ただ者じゃない”**と。
だが騒ぎが大きくなる前に、俺は小さく続ける。
「依頼が欲しい。報酬より優先したい条件がある」
受付嬢が姿勢を正し、真剣な目で聞き返す。
「条件、とは?」
俺は後ろの少女を示した。
「この仲間を絶対に危険に晒さないこと。
命を落とす可能性のある討伐依頼・討伐帯任務は受けない。
探索か護衛――それが条件だ」
受付嬢は瞬時に理解した。
仲間を守るための依頼選択。
リアは目を丸くし、そして静かに笑った。
ミナは、聞こえないほどの声で呟く。
「守ってくれて……ありがとう」
受付嬢は一枚の依頼書を差し出す。
「条件に合う依頼がひとつあります。
護衛任務――“教会付きの巡礼者の森越え護衛”です。
難度は低く、報酬は控えめですが……安全性は高い方です」
俺たちは迷わず頷いた。
こうして――
依頼を選ぶのではなく、“守るための依頼”が始まった。
まだこの時は知らなかった。
この小さな護衛依頼が、
ミナの正体、勇者パーティの崩壊、王国の闇、魔王軍の目的――
すべてに繋がっていることを。




