第64話 「裂け目」――始まる線引き
翌日。
レミアの街は、昨日よりもざわめいていた。
いや――違う。
ざわめきではない。
分かれた空気が並列して存在している。
ミナ達が通りに出た瞬間、その変化は肌でわかった。
◆三つの色
ミナの姿を見た集団が、反応した。
一部は、顔を上げて小さく頷く。
その目には――希望と敬意。
「救ってくれた子だ……!」
「あの子がいるなら大丈夫だ……」
それは支持。
しかし、別の側には――露骨な拒絶。
「……こっち来るな。」
「目を合わせるな、引き寄せられる。」
「神の領域に踏み込んだ奴だ。」
そして、三番目。
距離を保ち、観察する目。
肯定でも否定でもない。
「……本当にそんな力があるのか?」
「まだ判断できない。」
「もっと情報が必要だ。」
それは――観察。
ミナの胸が締めつけられる。
(……わたしが歩くだけで……
人が態度を変える……
嫌だ。
でも……逃げたら意味がなくなる。)
カイルは無表情で歩き続け、
リアは空気の情報を静かに整理し、
ラウルは無言で前を歩く者を牽制していた。
何も起きなければ、それで良かった。
――しかし、世界は待っていなかった。
◆小規模事件:投げられた石
市場の真ん中で、それは突然だった。
カラン。
小さな石が、ミナの足元に転がった。
ただの小石――だが、その空気は違う。
次の瞬間。
少年の叫びが響いた。
「やめろよ!!
ミナは悪くない!!」
振り返ると、支持派の少年が、別の大人に掴まれていた。
怒りで震える声。
「昨日、魔物から助けたんだぞ!?
怪物なんかじゃない!」
が、相手は怒鳴り返す。
「怪物だから魔物が従ったんだ!!」
空気が一気に動く。
拒絶派が声を上げ、
支持派が反論し、
観察派が息を止める。
ミナは一歩前に出ようとする。
しかし、その瞬間。
投げたのは石ではなく――言葉。
「お前が来てから街が壊れ始めたんだ!!」
ミナは足を止めた。
胸に刺さる。
痛い。
でも――違う意味で。
(……その言葉、わたしも……怖かった。)
カイルが動こうとした瞬間。
ミナがそっと袖を掴んだ。
「……大丈夫。
止める――戦わないで。」
ミナは少年へ歩き、しゃがむ。
「ありがとう。
守ろうとしてくれて。」
少年の瞳が震える。
「……ミナ……怖くないの……?」
ミナは少し笑った。
「怖いよ。
でも――誰かを傷つけたくはない。」
そして、振り返り――
拒絶派の男の方へ向き合う。
視線は穏やかだったが、揺れていなかった。
「あなたの言葉も、間違いじゃない。
怖いのは、わたしも同じだから。」
広場が静かになる。
ミナはゆっくり言葉を続ける。
「でも――
“怖いから排除する”じゃなくて、
“怖いけど知っていく”未来を選んでほしい。」
拒絶派の男は、何も言えず視線を逸らした。
争いは、言葉一つで消えたわけじゃない。
しかし――
“暴力に発展しなかった”という結果が残った。
それだけで、意味があった。
◆夜の支え
その夜。
宿の屋根の上で、ミナは一人座っていた。
風が優しく流れ、世界のざわめきが遠くに感じられる。
足音。
ミナは振り返る。
カイルが隣に座った。
言葉はすぐには来ない。
沈黙は、気まずさではなく“余韻”だった。
数秒後――
カイルは静かに言った。
「今日、お前はよくやった。」
ミナは俯く。
「……誰も救えなかったかもしれない。」
「違う。」
カイルは空を見たまま言う。
「救える範囲を、ちゃんと選んだ。
それが――“正しさ”だ。」
ミナの目が揺れる。
「でも……世界は答えを欲しがってる。
今すぐ――決めてほしいみたいに。」
カイルは小さく笑った。
「世界が急ぐのは――世界が弱いからだ。
ミナ。」
視線が交わる。
「お前は急がなくていい。
歩け。
それで十分だ。」
ミナはようやく――息を吐いた。
そして、小さく答えた。
「……うん。
歩く。」
その言葉は弱くなかった。
世界が揺れていても。
未来が揺れていても。
ミナの足元だけは、もう揺れていない。
──第65話へ続く




