表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/72

第62話 揺れる路地裏――救いか、余計か

朝。

雨は止み、街の石畳には薄い光が差している。


レミアは――静かだ。

だがその静けさは、以前のものとは違う。


ミナたちは宿を出て、市場へ向かっていた。

食料の補充という最低限の理由付けはあるが、

本音は別だ。


――街がどう変わったのか、知りたかった。


リアが小声で状況を伝える。


「先ほどから、視線が一定間隔で変わっています。

『尾行』というより――

『監視』ですね。」


ラウルが苦笑する。


「好き勝手噂してた頃より、今のほうが怖ぇな。」


カイルはわずかに顎を引く。


「表面は落ち着いている。

だが“判断待ち”の空気が街に染みている。」


ミナは歩きながら、すれ違う人々の視線を感じていた。


冷たいもの。

期待。

祈り。

避ける目。

そして――ただただ“見てくる目”。


(……知ろうとしてるんだ。

わたしが“どんな答えを選ぶ人間か”。)


そんなとき――


甲高い悲鳴が響いた。


「いやっ! 来ないで!!」


ミナは条件反射で飛び出した。


路地裏。

小さな少女が地面に尻もちをつき、

その前に――大型の魔獣犬が唸っていた。


牙をむき出し、今にも飛びかかりそうだ。


カイルが動こうとした瞬間。


ミナが先に足を踏み出していた。


「待って!」


ミナの声が、空気を揺らす。


魔獣犬が動きを止め――

まるで“理解するように”ミナを見た。


ミナはゆっくり近づく。

少女は泣きじゃくり、喉を震わせる。


魔獣犬の唸りが弱まる。


ミナが静かに手を伸ばす。


「怖くないよ。」


その声は魔法ではない。

しかし――力を帯びていた。


魔獣犬は瞬きをし、首を下げた。


そして――ゆっくりとミナの手に額を寄せた。


静かに、まるで互いに許し合うように。


数秒後。


魔獣犬は踵を返し、路地裏の奥へ消えた。


残されたのは、静けさ。


ミナはそっと少女に手を差し伸べる。


「大丈夫? 怪我は――」


しかし――少女は後ずさった。


恐怖ではない。


混乱でもない。


迷いと、拒絶。


少女の母親が駆け寄り、抱き締めながら叫ぶ。


「触らないで!!」


その声が広場に響く。


周囲の人々がざわつく。


「今の……見たか……?」


「魔獣を……従わせた?」


「いや……違う、救った……?」


「でも危険すぎる……!」


「いや、必要だろ……!」


声が二つに割れる。

それは昨日より明確に――選択の形を持ち始めていた。


ミナは手を引っ込める。


胸が痛む。

けれど、涙は出ない。


(救ったのに……

正しくても……怖がられることがあるんだ。)


カイルが歩み寄り、静かに告げる。


「ミナ――今のは、良かった。」


ミナはきつく唇を噛む。


「……わたし……ただ……」


リアが言葉を補う。


「“助けたかっただけ”。

それでいい。」


ラウルが肩を叩く。


「結果じゃねぇよ。

やった理由が、お前の答えだ。」


ミナは小さく息を吐き――


「……うん。」


そう答えた。


その瞬間。


遠くで、鐘が鳴った。


街に新たな噂が広がる音だった。


──第63話へ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ