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第61話 密やかな邂逅――影と観察の交差点

夜。

レミアの鐘楼の上空を、冷たい風が流れていた。


街灯が揺れ、月光が瓦屋根を照らす。

その中央、視線の届かない影の帳の中に――

二つの気配が向かい合っていた。


ひとりはアリア。

昼の優しさも、微笑も消え、静かな仮面だけが残る。


もうひとりはセレン。

表情は変わらず、しかし瞳に興味の波がわずか揺れている。


最初に口を開いたのはアリアだった。


「来ると思ってた。」


セレンは返す。


「君も気づいているだろう。

今日の出来事は――境界の変化だ。」


アリアの視線が月をかすめる。


「ええ。

感情ではなく、“意志”による現象。

あれはもう偶然じゃない。」


セレンは頷く。


「そして――“支配”でもない。」


アリアの表情が僅かに硬くなる。


「……あれが一番厄介なのよ。

自分のためじゃなく、

誰かの自由を守るために力を使う人間は。」


セレンは静かに問う。


「では――君の望みは何だ。

ミナに何をさせたい?」


アリアは即答しない。

ゆっくり考える――ふりをして、言葉を選ぶ。


「選ばせたいの。」


セレンの瞳がわずか揺れる。


「世界のためか。

王国のためか。

あるいは――自分のためか。」


アリアの声は静かで、冷たい水のようだった。


「“間違えさせたい”。

できれば自分の意思で。」


風が止んだ。


セレンは言葉を選ぶように短く呟いた。


「……それは“教育”ではなく――“誘導”だ。」


アリアは笑わない。

ただ事実を置くように言う。


「世界は答えを急いでる。

誰かが揺れる間すら許さないほどに。

だから――」


そしてその瞳に、悲しみに似た光が宿る。


「揺れているうちに決めた答えが、

一番影響するのよ。」


沈黙。


セレンは問いかける。


「もし――ミナが君の望まない答えを選んだら?」


アリアは迷いなく返す。


「切り捨てる。

“未来の障害”として。」


ほんの一瞬。

セレンの視線が鋭くなる。


「……冷たいな。」


アリアは首を横に振る。


「違う。

“正しい”だけ。」


その言葉は残酷なのに、美しかった。


セレンは息を吐き、月を見上げる。


「君も迷っているように見える。」


アリアの瞳がわずかに揺れる。


だが――その揺れはすぐ消える。


「迷ってる。

だからこそ、答えが欲しい。」


セレンは背を向ける。


「答えは――ミナが出す。

君でも、俺でもない。」


アリアはその背に言葉を投げた。


「ええ。

その瞬間――世界が決まる。」


セレンはほんの少しだけ振り返り、告げる。


「だから見届けよう。

“世界が少女に跪くのか。

少女が世界を選ぶのか。”」


風が再び動き、影が薄れる。


気配が消えたのは同時だった。


夜の街は静まり返る。

しかしその沈黙は――決戦前の静寂。


ミナの知らない場所で、

世界はひっそりと――

未来の形を決める準備を始めていた。


──第62話へ続く

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