第6話 格の違い
焚き火の向こう——闇の中に、赤い光が2つ、ゆっくりと浮かんだ。
目だ。
冷たく、獣のように光る暗赤の双眸。
夜気を切り裂く声が響く。
「……見つけたぞ。ミナ・シュメール」
名指しだ。
やはり狙われていた。
眠るミナに向けて殺気が向けられた瞬間、反射的に俺の体が動いていた。
一足で焚き火を飛び越え、刺客とミナの間に立つ。
「悪いが、通さない」
闇の中から現れたのは、一体の魔族。
黒革のような皮膚、鋭い爪、夜に同化する影のマント。
「契約対象を保護──排除対象と認定」
抑揚のない声で呟くや否や、魔族は影のように消えた。
——高速だ。
普通の冒険者なら目で追うことすらできない。
だが俺は、視界から消えるより先に動いた。
ユーラリ、と軽く首を傾けただけ。
刹那、背後で空を裂くような音。
魔族は俺の首を狙って爪を振り抜いたはずが——そこには俺はいない。
「遅い」
背後から声をかけると、魔族の肩が跳ねた。
どうやって、と迷っている暇すら与えない。
俺は指先で軽く魔族の胸を突く。
「《重圧点破り》」
指一本。
それだけで、地鳴りのようなインパクト。
魔族の体は弾丸のように後方へ吹き飛び、大地を抉りながら木々を十数本なぎ倒した。
それでも魔族はすぐに立ち上がった。
さすがは魔王軍の精鋭。
「……無詠唱の魔術……高位か……?」
理解が追いつかないのか、混乱の気配がにじむ。
だが次の瞬間、魔族の瞳が爛々と光った。
「いい。ならば殺す順を変える。まず貴様だ、禁呪継承者――カイル」
その瞬間、俺の背中が冷えた。
——名前を知っている。
まだ誰も知らないはずの名。
追われる覚悟はしていたが、思ったより早い。
魔族は影を広げ、夜を黒の刃へと変えた。
「《影裂波》」
空間を切り裂く巨大な斬撃。
範囲攻撃。避けても追撃を受ける。
なら——正面から行く。
俺は前へ踏み込む。
「対影属性魔術、第三階位」
指を鳴らす。
「《光槍・零式》」
光の矢が、夜そのものを貫いた。
一瞬で影の刃は砕け散り、魔族の胴体に直撃。
胸から背中へ、穴が開く。
魔族は信じられないという顔で倒れ、痙攣しながら呻く。
「……かっ……閣級魔術を、無詠唱……? そんな制御、存在しない……」
俺は無言で歩き、倒れた魔族の前に立った。
「一つ質問だ。
ミナ・シュメールを狙う理由は?」
魔族は唇を震わせ、狂気の笑みを浮かべる。
「教えるわけ──ない……! 我らは死しても沈黙を──」
——ならいい。
俺は右手をかざす。
「《魂封じの鉄槌》」
衝撃すら起きない。
魔族は、光の粒になって消滅した。
跡形もなく。
静寂が戻った。
焚き火がぱちりと弾ける。
後ろを振り返ると——
ミナは目を覚ましてしまっていた。
涙を浮かべ、震えながら俺を見つめている。
「カイル……さん……」
怯えかと思った瞬間、違うと気づいた。
その目は、不安でも恐怖でもなく——
縋るような信頼だった。
自分を確かに救ってくれる存在を、見失わないように。
ミナは震える声で問う。
「……わ、わたし……狙われてるんですか……?
どうして……どうしてわたしが……?」
答えは、まだ断片しかない。
だが、はっきりと言えることが一つある。
俺は膝をつき、ミナの頭にそっと手を置いた。
「理由も、全部調べる。
だが安心しろ。おまえを傷つけさせる奴は――誰であろうと俺が殺す」
ミナの肩が震え、こくりと小さく頷いた。
リアは剣を握ったまま強く言う。
「ミナさんは私たちの仲間です。
何があっても守ります。絶対に」
焚き火の光に照らされ、三人の影が寄り添う。
その背後で、夜が静かに揺れた。
ミナが狙われている理由とは何なのか。
魔王軍の目的は何なのか。
そして——
追放された“無能”に向けられた、次の脅威とは何か。
旅は、もう後戻りできないところへ向かい始めていた。




