第59話 夜を裂く号令――戦火の境界線
扉の外で短い号令が響く。
「突入――始め!」
次の瞬間、扉が外側から叩き割られる寸前――
ガンッ!
盾を構えた兵士たちが前列を固め、
後列には魔術詠唱班、さらに弓兵。
陣形は完璧。
迷いも、情も、躊躇も感じられない。
これは説得でも勧誘でもない。
――排除と制御のための戦力。
ラウルが短く息を吐く。
「……マジで戦争気分じゃねぇか。」
カイルは剣を抜くが構えない。
視線だけで相手を射抜く。
リアは術式を組む準備をしながら、
ボソッと冷静に分析する。
「正面突破型……しかも“殺さない設計”。
つまり――本気で連れ戻すつもり。」
ミナは息を呑む。
(わたしのための……陣形……?
こんな……)
揺れそうな思考を押しとどめるように、
カイルが静かに言う。
「ミナ。下がれ。
ここからは――大人の汚い時間だ。」
ミナは首を振る。
「……いいえ。
“わたしのこと”だから――見てる。」
カイルの視線が一瞬だけ柔らいだ。
「……そうか。」
そして――前へ出る。
◆戦闘開始――静かな暴風
兵団長が剣を抜き、宣告する。
「カイル=リヴィエラ。
あなたが障害となるなら――排除対象とする。」
カイルは笑いも怒りも見せず、ただ答える。
「悪いな。
俺はもう“道具として命令に従う役”はやめたんだ。」
兵士たちが突撃する。
風を裂く足音。
魔術の詠唱。
弓の軋む音。
――そのすべてが重なる瞬間。
カイルが踏み込んだ。
速い。
剣の音がひとつだけ響き、前列の盾兵が弾かれた。
しかし、それは斬られたのではない。
剣圧だけで位置をずらされた。
リアが補助魔術を展開。
「減速結界――展開。」
兵士たちの動きが鈍る。
ラウルが前へ跳び、
「悪いな、ちょっと寝てろ!」
柄で首筋を叩き、次々と倒す。
三人は殺しも血も選ばない。
しかし――圧倒的だった。
兵士側の息が乱れ始める。
前列が崩れ、魔術隊が防御へ切り替える。
兵団長が叫ぶ。
「怯むな!
対象はあくまで“保護対象”だ!!
致命攻撃は禁止――!」
その言葉が、逆に焦りを浮き彫りにする。
(……彼らは、縛られてる。
自分の意志じゃなく――命令で動いてる。)
ミナは胸が痛くなった。
そして――気づく。
戦っているのは武器じゃない。
“立場と選択”だ。
その瞬間だった。
◆能力発動――世界の呼吸が止まる
息が合ったように三勢力がぶつかる中――
ふいに、空気が変わった。
音が遠ざかる。
兵の足音も
魔術の詠唱も
剣がぶつかる音も
全て――ゆっくりに。
ミナは自分の胸に触れる。
熱い。
でも、怖くない。
カイルが振り向く。
リアが息を止める。
ラウルが驚いた声を上げる。
「ミナ……? おい、これは……!」
ミナは言葉を発していないのに、
世界がごく自然に静止を受け入れていた。
兵士たちは止まったわけではない。
進めないのだ。
まるで――そこに見えない境界線が存在するかのように。
ミナは前へ歩いた。
動けない兵たちの間を抜けながら、
震えながら、
しかし確かな声で言う。
「……来ないで。」
その声は命令ではなく、
祈りのような響きだった。
それでも世界はそれに従った。
兵士たちの武器が次々と床へ落ちる。
恐怖ではなく――理解とともに。
ミナの目に涙が滲む。
「あなたたちと戦いたくない。
でも……
わたしの“進みたい”って気持ちを……
止められたくない。」
兵団長だけが声を絞り出せた。
「……これは……力……か……?」
ミナはゆっくり首を振る。
「違う。
――選択の境界線。」
世界がその言葉を受け取るように、
空気が静かに収束する。
時間が戻るように、音が波紋で広がる。
しかし――
もう誰も前へ出ようとはしなかった。
カイルが歩み寄り、ミナの肩に手を置く。
「よく言った。
“止めた”んじゃない。
“決めた”んだ。」
ミナは小さく笑い、涙を拭った。
「……うん。
まだ怖いけど……
でも――逃げない。」
兵団長は深く息を吐き、剣を収めた。
「……理解した。
今日のところは退く。」
しかし最後にひとことだけ残す。
「だが――選択は、いずれ責任を伴う。」
ミナは迷いなく答えた。
「責任ごと――選びたい。」
兵団長はわずかに目を見開き、
そして敬礼し、撤退を命じた。
静かに扉が閉まる。
戦火は起きなかった。
だが――宣戦布告は終わった。
──第60話へ続く




