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第52話 街に走る声――祈りか、拒絶か

翌昼。

レミアの街は、昨日までと同じように商人が声を張り、

路上にはパンの香りが漂い、子どもたちが走り回っていた。


――しかし、空気だけが違う。


人の視線が、二つに割れていた。


希望か、恐怖か。

祈りか、拒絶か。


ミナはフードを深くかぶり、仲間と共に中央通りを歩いていた。


ラウルが小声で言う。


「……昨日より露骨だな。」


リアは静かに分析する。


「“知らない存在”だった頃と違って、

“可能性を知った今”は、人は判断を迫られる。

それが二分を生んでいます。」


ミナはぎゅっと袖を握った。


(……これが、わたしが望んだ“選ぶ未来”の重み……)


そのとき。


「――あっ……! この人……!」


一人の若い母親が声を上げた。


ミナの心臓が跳ねた瞬間――


その母の手を、小さな子どもが掴んでいた。


「あの……っ!」

母親は震えながら深く頭を下げた。


「昨日……私の息子が、商店街の瓦礫の下敷きになりかけて……

あなたのあの光で……助かったんです……!」


ミナの目が見開かれる。


「……わたし……?」


母親は涙ぐんで言う。


「あなたは……恐ろしいんじゃなくて……

**“救える存在”**なんじゃないでしょうか……?」


子どもがミナの服をそっと握る。


「おねえちゃん……ありがとう。」


胸の奥が熱くなった。


ミナは膝をつき、震える声で返す。


「……ありがとう。

嬉しい……」


周囲の民がざわつき始める。


「やっぱりあの子が……奇跡を起こした……?」


「世界の鍵……本物なのか……?」


「なら……守るべきじゃないか……?」


支持の空気が、ほんの少し広がる。


しかし――


その空気を切り裂く怒声が響いた。


「幻想に縋るな!!」


振り返ると、教会の紋章を胸に付けた男が立っていた。


目には信仰ではなく――恐怖と憎悪が宿っている。


男は震えながら叫ぶ。


「アレは“祝福”ではない!

災厄だ!

世界を歪める存在だ!」


母親が子どもを庇いながら言う。


「違う……!この子は救われた――!」


「偶然だッ!錯覚だッ!

神を名乗る異端を許すな!!」


その叫びに、周りの数名が怯え、距離を取る。


さらに別の男が加勢した。


「そうだ!

あの少女が現れてから街には兵が来て、戦争の火種が落ちた!

平和を壊しているのは奴だ!!」


空気が荒れていく。


支持と恐怖が入り混じり、形を持ち始めた。


リアは前へ出ようとしたが――


カイルが腕を掴んだ。


「待て。」


リア「……ですが――」


「今は言葉だ。

感情に感情で返すな。

ミナの未来が“怒りで作られた”と思わせるな。」


リアは息を呑み、引き下がる。


民衆の声は、もはや議論ではなく――

感情のぶつかり合いに変わっていた。


「あの子は希望だ!」


「いや、脅威だ!!」


「奇跡を見ただろう!?」「偶像崇拝だ!!」


ミナは――震えていた。


だが、逃げない。


胸の奥の小さな炎が、迷いより強く燃えていた。


そしてミナは――一歩前へ進んだ。


リアとラウルが息を飲む。


ミナは声を張らない。

叫ばない。

ただ、まっすぐ言う。


「……わたしは、誰も命令しません。」


その声は驚くほど、静かで優しかった。


喧騒が、止まる。


「“信じてほしい”とも言いません。

“怖がらないで”とも言いません。」


ミナは胸に手を置いた。


震えていても、その手は決して逃げなかった。


「だって……」

「あなたたちは――自分で選べるから。」


言葉が響く。

空気が変わっていく。


「わたしが何者か。

希望か、災厄か。

必要か、不要か。


その答えを、わたしが押し付けたら――

それこそ未来を奪うことになる。」


母親は涙を流した。

反対した男は言葉を失った。


ミナは最後に、ひとこと呟いた。


「だから……

怖いなら逃げていい。

信じたいなら、信じてくれていい。

――その選択は、あなたたちのものです。」


沈黙が落ちた。


それは恐怖ではなく――考える沈黙。


そして。

人々の間で、まだ小さく、しかし確かに芽生えた。


“強制ではなく、選ぶという考え方”が。


ミナはそっと息を吐いた。

足は震えていた。


カイルが隣に並び、言う。


「よく言った。」


ミナは小さく微笑む。


「……震えてるけど、後悔してない。」


その瞬間。


遠くの鐘がまた鳴った。


世界は静かに――また次の動きを始める。


──第53話へ続く

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