第51話 心の中の問い――「わたしでいいの?」
夜。
レミアの空には雲がかかり、星がぼんやり滲んでいた。
街の喧騒も、争いの気配も、今は遠い。
宿の部屋には、蝋燭の炎だけが柔らかく灯っている。
ミナはベッドの端に座り、膝を抱えた。
静かすぎる。
でも――逃げたいほどじゃない。
心の中のざわめきはもう恐怖だけではなかった。
言葉にできないものが胸に残り、形になりたがっている。
彼女はそっと息を吐き、考え始めた。
◆自分が怖いのではなく、「自分の影響」が怖い
「……昨日、街が変わった。」
呟く声は小さく、でも震えていなかった。
「わたしが触れただけで……
世界が、返事をくれた。」
それは奇跡でも、祝福でもなかった。
――現実だった。
ミナはゆっくり言葉を重ねる。
「嬉しいって思った。
でもすぐに怖くなった。
だって……」
膝を抱く腕に力が入る。
「わたしが泣けば、世界も泣くのかな。
怒れば、世界も傷つくのかな。
迷えば……世界も迷うのかな……?」
それは、自分そのものが怖いのではない。
自分の感情が、世界の形を変える可能性があることが――怖い。
気を抜けば、ひとつの溜息や思い込みが世界を揺らしてしまうかもしれない。
ミナの声が震えた。
「わたしの気持ちだけで、何かが決まっちゃったら……
それは……自由じゃないよね……」
小さく笑った。
「皮肉だね。
自由のために力があるはずなのに、
力があるから自由じゃなくなるなんて。」
◆「選ぶ」と言ったけど、その重さに追いついていない
ミナは昨日の言葉を思い返す。
――《選びたい。わたしの答えを。》
その言葉は嘘じゃない。
だが、そこには勇気だけで届かない重みがある。
「……もし、選んだ未来が……
誰かを傷つけたり、奪ったりすることだったら……?」
本当に正しい道なんて、誰にもわからない。
未来は地図じゃない。
答え合わせなんてできない。
ミナは、胸に手を当てた。
「それでも選ぶって、どういうことなんだろう……」
涙は出ない。
ただ――胸の奥が苦しい。
けれど、その苦しさは逃げたい種類ではなく、
生きているからこその痛みだった。
◆それでも歩きたい理由
ミナは窓の方へ視線を向ける。
外ではカイルたちが見張り交代しているはずだ。
(――わたしは、一人じゃない。)
その事実が、心の中に小さな灯をともした。
「カイルさんは……
“歩ければいい。走るのはそのあとでいい”って言ってくれた。」
リアは恐怖を否定せず、支えてくれる。
ラウルは怖さをごまかすみたいに笑うけど――
いつも周りを気にしている。
そして――あの帝国の少女も言った。
『あなたの答えを世界は待っている』。
ミナは思わずふっと笑った。
「そんなの……ずるいよね。」
だって、誰も代わりにはなれないのだ。
逃げても、拒んでも、泣いても――
最後には自分で答えなきゃいけない。
「でも……」
ミナは手を胸から離し、そっとベッドに置いた。
声は強くない。
でも、弱くもなかった。
「――選びたい。
正しいか正しくないかじゃなくて……
“後悔しない”未来を。」
その言葉が落ちた瞬間。
心の奥で、何かが小さく “カチリ” と音を立てた。
まるで鍵の欠片が、ひとつ定位置に収まったみたいに。
ミナはまぶたを閉じた。
「……大丈夫。
怖いままで前へ進んでいいって、わたし知ってる。」
小さな小さな決意。
だけど、それは確かな一歩だ。
蝋燭の火が揺れ――
夜は静かに、深く、彼女の選択を包み込んでいった。
──第52話へ続く




