第5話 焚き火のそばで
森を抜けた頃には、太陽は山の向こうへ沈みかけていた。
近くに水場と木陰の開けた場所があり、俺たちはそこで野営することにした。
枯れ枝を集め、火を起こすと、夜の冷え込みがほんのり和らぐ。
ミナは焚き火をじっと見つめたまま、小さく呟いた。
「……火って、安心するんですね……」
リアが優しく笑う。
「怖い思いをした後は特にね。ゆっくりでいいんですよ」
ミナはこくりと頷き、膝を抱えるように座った。
食事の準備をしながら、リアがふと思いついたように言う。
「カイルさん、料理はできますか?」
「できる。野営飯なら慣れてる」
「っ……すごいです。万能ですね」
「いや、旅を続けると必要に迫られるだけだよ。
昔……仲間が、料理が苦手だったから」
その“昔の仲間”に今はもう戻るつもりがないことは、言葉にしなくても伝わる。
リアはそれ以上は聞かなかった。
気の利く女だと思う。
程なくして、鍋からいい香りが漂い始めた。
野菜ときのこと干し肉のスープ。
旅人定番の質素なものだが、今日の体には沁みる味だ。
ミナは湯気の立つ器を両手で受け取り、恐る恐る口にする。
「……あっ……おいしい……」
その素直な一言が、妙に胸に響いた。
リアも一口含み、柔らかく微笑む。
「疲れていると味が濃く感じますね。とても嬉しいです」
「そう言ってもらえると作った甲斐がある」
焚き火のぱちぱちという音だけが、静かに夜を満たしていた。
しばらくして、ミナが遠慮がちに口を開く。
「……あの。わたし、弱くて、役に立たないって……思ってしまって……
そんな子が一緒にいていいのかなって……」
リアが優しく首を振る。
「ミナさん。強さって、今の力の大きさだけで決まるものじゃありません。
生き残って、前を向こうとする意志も強さです」
ミナのまつ毛が震えた。
俺も静かに言葉を重ねる。
「それに、役に立つかどうかは、あとで決まることだ。
最初から完璧なやつなんていない。俺もそうだった」
「カイルさんも……?」
「あぁ。昔は“何の役にも立たない”って言われ続けてた」
リアが追い打ちをかけるように真剣な声を出す。
「その“昔の誰か”には、見る目がありません」
少し言い方が鋭すぎて苦笑した。
だが、ミナの緊張は少しほぐれたらしい。
「……二人とも、優しいですね」
リアが照れたように頬をかき、
「優しい人はカイルさんです。私はまだ……強く生きるのに必死で」
と言う。
ミナも続ける。
「わたしは……臆病で泣き虫で……でも、頑張りたくて……」
二人は、似ているのかもしれない。
守りたいもののために強くなろうとして、
でも心が追いつかず、傷だらけになってしまうタイプ。
そんな二人を見て、俺はふと思った。
この旅は、俺が誰かを助けるだけじゃない。
誰かが俺の心も救ってくれる旅になるのかもしれない。
そう思うと胸が少し軽くなった。
やがて火が小さくなり、ミナが眠気にまぶたを落とす。
「……ねむ……」
リアがそっと上着をミナの肩にかける。
「今日はもう休みましょう。よく頑張りました」
ミナはそのまま俺にもたれるようにこっくり眠った。
リアが小声で笑う。
「子どもみたいで、かわいいですね」
「あぁ。よく泣いた子ほど、よく笑えるようになる」
「……そうなればいいですね」
リアの横顔は、焚き火に照らされて柔らかかった。
俺は刀の鞘に手を置き、眠る二人を守るように周囲へ視線を巡らせる。
「先に休め。見張りは俺がやる」
「でも、カイルさんばかりに任せてしまうのは——」
「大丈夫だ。今日はいい日だったろ?」
リアは一瞬驚き、そして照れたように小さく笑った。
「……はい。とてもいい日でした」
リアはミナの隣に座り、そっと眠りにつく。
俺は焚き火を保ち、夜の気配を静かに感じながら思う。
守るべきものがある夜は、妙に眠くならない。
きっとそれは悪いことじゃない。
こんな穏やかな時間が続けばいい。
——そう思った、その瞬間だった。
風の匂いが変わった。
気配が走る。
敵だ。
俺は静かに立ち上がる。二人を起こさないように。
焚き火の向こう、黒い影がこちらを見ている。
ミナを狙う追跡者——魔王軍の刺客。




