第49話 兆し――世界が揺らいだ瞬間
翌朝。
レミアの街にはいつもと違う気配が漂っていた。
人々は静か。
騒ぎたいのに、声に出せない。
まるで嵐の前触れ。
ミナたちは、気配の薄い裏通りを歩いていた。
ラウルが警戒しながら小声で問う。
「……今日はどこへ向かう?」
カイルは歩みを止めず答える。
「街の外へ向かう。
教会も王国も帝国も、“街中では手出しできない”皮肉な状態だ。」
リアが地図を確認しながら頷く。
「外周の古井戸跡に、魔力の反応がありました。
何か隠されている可能性があります。」
ミナは黙って歩いていた。
昨夜の交渉。
帝国の内情。
教会の言葉。
自分の答え。
頭の中で絡まり、解けず、また絡む。
けれど――胸の奥で、何かが燃えている。
(……怖い。
でも、逃げたくない。)
そのとき。
空気が変わった。
風が止まり、音が消えた。
世界が、呼吸を忘れたように。
リアが振り返る。
「――ミナさん?」
ミナは立ち止まり、胸に手を当てた。
「……おかしい……
心臓が、すごく熱くて……」
次の瞬間。
世界が揺らいだ。
足元の石畳。
道端の木の葉。
建物の壁面――
すべてが薄金色の紋様を浮かべた。
まるで世界そのものが**“言語”を露わにしたかのように。**
カイルの瞳が細く光る。
「……始まったか。」
ラウルが思わず後退る。
「お、おい……これ街全体が……魔法陣みたいになってねぇか……!?」
リアは小さく息を呑む。
「違います……これは魔法陣じゃありません……
“世界構造式”……!
本来、誰も見ることはできない“法則そのもの”です!」
ミナの瞳が淡く光る。
色は――琥珀のような、溶けた星のような。
ミナは震えながら呟いた。
「……見える……
世界の……文字が……
繋がって……」
カイルだけが――その現象に動揺していなかった。
「ミナ。
今、お前は何を感じている?」
ミナは苦しそうに呼吸しながら答える。
「悲しい……
苦しい……
でも……」
涙が1滴こぼれた。
それは痛みの涙ではなかった。
「――嬉しい。
世界が……返事してる。」
ラウル「返事ぃ……!?」
リア「まさか……
“世界律者”とは……
世界と意志で繋がる者……?」
世界を覆っていた紋様が、ゆっくりと動き始めた。
まるで――ミナの鼓動と同期するように。
風が吹き返り、鳥が鳴く。
街が息を取り戻していく。
紋様はふわりと光り、空へ溶け――消えた。
静寂。
ミナは膝から崩れ落ちそうになり――
カイルが支えた。
「無理はするな。」
「……怖い……
でも……温かかった……
世界が……泣かないでって……言ってた……」
その言葉を聞いたリアとラウルは言葉を失った。
しかし――遠く。
教会本部の塔の鐘が鳴り響く。
敵が気づいた。
そして――帝国側も。
遠くからヴァルターの近衛の声が聞こえた。
「発現確認!
対象、世界干渉の兆候あり!
至急報告を――!」
さらに別方向から。
別の声――冷たい、機械のような少女の声。
「観測結果:確定。
対象、第一覚醒段階に到達。」
ミナは不安と決意の混じった表情で顔を上げた。
「また……動くんだね……世界。」
カイルは静かに言った。
「違う。
今動いたのは――世界じゃない。」
ミナが見上げる。
カイルは微笑にも似た真剣な声で告げた。
「――お前だ。」
ミナは言葉を失う。
その瞬間――
世界はミナを、ただの少女ではなく、
“未来に触れる存在”として見始めた。
その気配が、確かにあった。
──第50話へ続く




