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第48話 帝国の影――忠誠か、覇権か、救済か

その夜。

レミアの街は早くも門を閉ざし、街灯の光が静かに揺れていた。


だが――眠っているのは街だけだ。


世界は、動いている。


ミナたちが宿に戻ったころ、

別の場所では別の言葉が交わされていた。


◆帝国軍仮設司令室


地図と作戦書類が並ぶ机の前に――

ヴァルターが立っていた。


背筋は伸びているが、疲労の影が差す。


そこへ、扉が音を立てて開いた。


軍装ではなく、黒い礼服。

金髪の青年が入ってくる。


彼は深く礼をし――微笑む。


「お疲れのようですね、特使殿。」


声は柔らかいのに、どこか冷たさが残る。


ヴァルターは視線だけ向ける。


「来たか――《宰相代理 エリウス・シュタイン》。

帝国は動きが早い。」


エリウスは笑う。


「あなたが“情を見せた”という報告がありまして。」


ヴァルターは瞳を細めた。


「……報告員は優秀だな。」


「ええ。帝国は裏切りを嫌う国ですから。」


言葉は柔らかい。

しかし、その意味は重い――警告だ。


◆価値観の衝突


エリウスは卓上のミナのプロフィールに目を落とした。


「《世界律者候補》。

正式に確認されたのは数百年ぶりです。」


ヴァルターは感情なく答える。


「候補だ。確定ではない。」


「ですが、その可能性は……

帝国の未来そのものです。」


エリウスはゆっくり指を滑らせる。


「この少女を“帝国の柱”とするべきだ。」


ヴァルターの目が鋭く光る。


「それは――所有と変わらない。」


エリウスは淡々と言った。


「違います。

帝国は彼女を利用する。

だがその対価として――

安全、資源、学問、軍事力、環境……

“生きる保障”を与える。」


ヴァルターの声は低く冷たい。


「それは契約ではなく――拘束だ。」


青年の笑みが変わる。

喜びでも怒りでもなく――評価。


「あなたは珍しい。

帝国の軍人でありながら、“理念”を語るとは。」


ヴァルターは言い切る。


「彼女は帝国の装置ではない。

未来を選ぶ意思を持つ人間だ。」


エリウスは机に指をトン、と置く。


「……理解しました。

あなたは少女を“自由”に近づけたい。」


声が少しだけ冷たく落ちる。


「しかし特使殿――

世界は彼女の自由を許すほど優しくありません。」


ヴァルターは答えない。


エリウスは言葉を続ける。


「あなたは少女に希望を見た。

私は少女に“国家の鍵”を見た。

皇帝陛下は――」


ヴァルターが小さく息を止めた。


エリウスは微笑したまま、静かに告げる。


「――“未来の覇権者”を見たのです。」


◆帝国はひとつではない


沈黙。

その重さで部屋の空気が変わる。


エリウスは席を立ち、去り際に囁いた。


「特使殿。

あなたが少女を尊ぶなら――」


一拍置き、確実に刺す。


「帝国は敵になります。」


扉が静かに閉まる。


ヴァルターはしばらく動けなかった。


やがて――低く自問する。


「……私は……何を選ぶ?」


夜風が窓を揺らす。


その音だけが、彼の葛藤の証人だった。


◆同じ夜、もう一人の帝国人間


街の別の暗い路地。

フードを深く被った一人の少女が立っている。


銀髪。

瞳は琥珀色――しかし無表情。


彼女は呟く。


「対象:ミナ・シュメール。

優先順位:最上位。

観察・接触・判断フェーズへ移行。」


最後に、わずかに唇が動く。


感情か、命令か、区別のつかない声で。


「――世界律者ワールドオーサー

あなたは、処理すべき“例外”か。

それとも――希望か。」


風が吹く。

少女の影は闇に溶けた。


◆宿にて


その頃ミナは、窓の外を眺めていた。


「……帝国って……何を考えてるんだろう。」


カイルは少し遠くを見ながら答える。


「帝国は、ひとつじゃない。」


ミナは振り返る。


「……怖いね。」


「怖いでいい。

でも――忘れるな。」


カイルはミナの頭に手を置き、静かに言う。


「世界がどう見ても。

どんな勢力が何を望んでも。

おまえの未来を決める権利は――」


ミナの視線と重なり、言葉が落ちる。


「――ミナ、お前だけが持っている。」


ミナは強く頷いた。


外では、帝国、教会、王国――

それぞれの思惑が動き出していた。


戦争はまだ始まっていない。

だが――


火種はもう、燃え始めている。


──第49話

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