第47話 “聖と覇”――公開交渉の幕開け
昼下がりのレミア中央広場。
普段は市場や子供たちの笑い声で満たされる場所だが――
今日は違った。
兵士、聖職者、帝国軍、商人、市民、そして恐る恐る様子を伺う旅人たち。
人々が円形に広がり、中心に空間が作られていた。
処刑場にも似た緊張。
だが今日は――“言葉が戦う場所”。
ミナは少し震える手を握り、深呼吸をした。
カイルは隣で静かに言う。
「息を整えれば、心はついてくる。」
リアは結界装置と魔力探知を確認しながら小さく頷く。
ラウルは人混みを眺め、潜む敵戦力を探っていた。
そして中央には――
・帝国特使《ヴァルター=ラインハルト》
・教会枢機卿代理
二人が向かい合って立つ。
その構図だけで、空気が張り裂けそうだった。
◆帝国――静かなる“権利”の主張
ヴァルターが一歩前へ出る。
声は静かだが、広場全体に響く。
「宣言する。
この場は――戦いではなく、交渉である。」
控えていた帝国兵たちが盾を下ろし、刀剣を引いた。
“見せる”ための礼儀。
ヴァルターは続ける。
「少女の未来は、少女自身が選ぶ。
帝国はその権利を尊重し、対話を求める。」
短く、理論的で、揺るぎない。
聴衆の中から小さな声が漏れた。
「……帝国が守るってことか?」
「いや、『所有しない』と言った。こっちのほうが珍しい……」
王国兵たちの顔には不安、そして焦りが浮かぶ。
◆教会――“神意”の名を盾にする
シスト枢機卿代理が歩み出る。
白銀の法衣、黄金の十字紋章。
声は朗々と、まるで説教台から降りることなく響く。
「教会の立場を表明する。」
息を飲む音が広場に広がった。
「少女の力は危険である。
神が与えた試練か災厄か、判断がつかぬ。
ゆえに――封じ、保護するべきだ。」
ミナの指がわずかに震える。
続けて、枢機卿は視線を人々へ向けた。
「民よ。
選ばれし力を持つ者が暴走すれば――
国家は滅び、世界は炎に呑まれる。」
ざわめき。
恐怖という感情が、ゆっくりと人々の胸を支配し始める。
シストは畳み掛ける。
「ならば問おう。
少女が意図せず世界を動かしてしまったとき、
責任は誰が取る?」
数人が息を呑む。
「帝国か?
隣にいる“無名の魔術師”か?
それとも――この街か?」
心理戦として完璧な問い。
沈黙が広場を支配した。
◆反撃 ― 帝国の“論理”
ヴァルターは一切動揺せず、視線すら変えない。
ただ一言。
「――偽りだ。」
シストの眉がわずかに動いた。
ヴァルターは続ける。
「少女は災厄ではない。
災厄になり得る“未定義の可能性”だ。」
ミナの胸が高鳴る。
「神などに判断を委ねることは責任放棄。
封じた者は救ったのではなく、理解を拒んだ者だ。」
民衆の表情が揺れ始める。
ヴァルターはさらに一歩踏み込む。
「教会よ。
君たちは恐れる民に“服従”を与えたいのだろう。」
シストの瞳に怒りが宿った。
「それに対し――帝国は“選択”を与える。」
広場がざわつく。
帝国=恐怖ではなく、
交渉の主体として見え始めた。
◆教会の反論 ― 道徳と感情の掌握
シストは柔らかく笑い、しかし声は冷たい。
「美しい言葉だ。
だが――民は選べるほど強くはない。」
リアが眉をひそめる。
ラウルが低く呟く。
「……来たな、“情緒支配”型。」
シストはゆっくりと聴衆に語りかけた。
「世界を変える力がここにある。
少女はまだ未熟。
迷い、傷つき、泣き……自分を保つことすら難しい。」
ミナの心が揺れる。
だが枢機卿の声は甘く続く。
「ならば――導く者が必要だ。
神の教えはそのためにある。」
民衆の中から同情と恐怖が入り混じった声が上がる。
「確かに……まだ子供じゃ……?」
「放っておくのは危ない……?」
教会側の戦略は明確だった。
少女を「未熟な存在」と印象づけ、
保護=正義、抵抗=危険、という構図を作る。
そして最後に突き刺す。
「帝国は少女に“責任”を与えようとしている。
それは――酷ではないか?」
言葉の刃がミナの心に刺さる。
◆帝国の最後の理論 ― “意志の尊厳”
ヴァルターは少しだけミナの方向を見る。
そして、一言。
「――君は、どう思う?」
静寂。
ミナは息を吸い――震えながら、答える。
「……責任は怖いです。
間違えるかもしれない。
泣いたり、逃げたり、弱くなったり……
そんな自分が嫌になることもある。」
声が広がる。誰も笑わない。
ミナは続けた。
「でも……
だからって、誰かに未来を決められるのは――もっと嫌です。」
枢機卿の表情がわずかに硬くなる。
ミナの瞳はまっすぐだった。
「未来を選べるなら、間違えても立ち上がりたい。
泣いたら、仲間と一緒に前を向きたい。
わたしの未来は――誰かの都合じゃない。」
ヴァルターが言葉を締める。
「教会よ。
それでも“保護”が正しいと言えるか?」
シスト枢機卿代理は数秒黙り――
冷たい声で返す。
「――ならば証明せよ。
少女の意志が、世界の秩序より尊いと。」
その瞬間。
街全体が、
戦争でも、信仰でもなく――
一人の少女の言葉に呼吸を合わせた。
ここから先は――言葉ではなく、“結果”が語る。
交渉は終わらない。
心理戦は続く。
だが世界はもう――一歩動いた。
──第48話へ続く




