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第46話 静かなる火種――包囲下の交渉と欺き

街の四方から、兵士の足音と号令が響き始めた。


怒号、金属のぶつかり合う音、逃げ惑う民の声。

戦場はまだ始まっていない――

しかし、空気はすでに戦場だった。


酒場の扉が閉まり、外の喧騒が遠ざかる。


室内には四人と――帝国の特使ヴァルター。


重い沈黙のあと、リアが最初に口を開く。


「……戦わずに止める方法は、残されていますか?」


ヴァルターは視線を外に向け、まるで天秤に答えを聞くような表情で言った。


「ある。

ただし――“正しい答え”ではなく、

最も被害が少ない答えだ。」


ラウルが腕を組みながら鼻で笑う。


「その言い方、だいぶ政治だな。好きじゃねぇ。」


「政治とは“嫌われても現実を動かす覚悟”だ。」


ヴァルターの声は冷たいが、言葉には揺らぎがない。


ミナは唇を噛んだ。


「……王国も、教会も、わたしたちと話すつもりは――ないんですか?」


ヴァルターはゆっくりとミナのほうへ視線を向ける。


そして言った。


「君ではなく、“君を所有する前提”で話したいのだ。

それは交渉ではない。命令だ。」


ミナの胸が苦しくなる。


リアは静かだが鋭い声で問う。


「帝国は違う、と?」


ヴァルターは即答しない。

代わりに、問いを投げ返した。


「ミナ嬢。

君は――世界にとって“危険”だと思うか?」


ミナは目を伏せた。


答えは怖い。

でも逃げれば、それは「誰かに決められる未来」。


そして少しだけ震えながら、答えを絞り出した。


「……わたしは――危険、かもしれません。

でも……」


顔を上げる。


「危険だから封じられるのは違う。

理解しようともしないまま“怖いから閉じ込める”のは……嫌です。」


その言葉に、店内の空気が震えた気がした。


ヴァルターは目を細め――微かに笑う。


「今の言葉。

王国軍と教会は、“驕り”と呼ぶだろう。」


ラウルが舌打ちする。


「はぁ? 正論だろ?」


「正論とは“弱者が使った時に最も憎まれる武器”――覚えておけ。」


その空気を切り裂くように、扉が叩かれた。


「ミナ・シュメール!

王国軍より通達!

即時投降せよ!

抵抗の意思が確認された場合――街ごと制圧する!」


ミナの手が震える。


リアがミナの手を握る。


カイルは立ち上がり、扉越しに静かに言葉を返す。


「――交渉を望む。

命令ではなく、“対話の席だ”。」


外から乾いた笑い声が返る。


「交渉?

必要ない。

“鍵”は国家の所有物だ。

それだけだ!」


ミナの胸に、燃えるような痛みが走る。


カイルが小さく囁く。


「ミナ――言え。」


「……え?」


「選んだ未来が欲しいなら、

相手に“拒否される覚悟”で言葉を投げろ。」


ミナの呼吸が震え――

それでも、前へ一歩。


扉越しに声を出す。


「――わたしは道具じゃない!」


外の騎士たちがざわついた。


ミナは続ける。


「わたしの未来は、

国が決めていいものじゃない!」


静寂。


ヴァルターは小さく息を吐いた。


(――言ったか。なるほど、これは本物だ。)


扉の外から怒声が返る。


「黙れ!

貴様の意思など国家の前では無価値だ――!」


その瞬間。


ヴァルターが扉へ歩き、静かに告げた。


「王国軍諸君。

帝国特使として要求する。

――交渉の場を設けろ。」


重い沈黙。


そして、怒りを押し殺した声が返る。


「……帝国が介入する、と?」


「そうだ。

“少女の未来は、少女の意思によってのみ定義される”。

その原則を無視するなら――」


ヴァルターの声は冷たいのに、刃より鋭い。


「交渉相手は――君たちではなく、“戦場”に変わる。」


扉越しに戦鎚の柄を握る音がした。

それでも返答は――恐ろしく慎重だった。


「……上層に確認する。

返答まで動くな。」


足音が遠ざかる。


静寂だけが残った。


ミナは息を吐き――小さく言った。


「……こわい。

でも……いまのわたし……泣いてません。」


リアが微笑む。


「それは強さですよ。」


ラウルは笑い、背伸びしながら言った。


「交渉は続くな。

でも、俺の予想だと――」


「――向こうは時間稼ぎだ。」


カイルの分析は鋭い。


「王国も教会も、“戦わず奪える瞬間”を探している。

つまり――このままでは挟まれる。」


ヴァルターが頷く。


「ならばこちらが条件を提示する。」


「条件……?」


「――“戦わせないための条件”だ。」


視線がミナに集まる。


彼女は迷わず答えた。


「……話す場所を、決めましょう。

わたしたちが選ぶ場所。

“奪われない場所”。」


その言葉は幼いのに、強くて――震えるほど真っ直ぐだった。


ヴァルターは深く頷いた。


「交渉は準備が命だ。

相手に主導権を与えないこと。

……よく理解している。」


そして――こう宣言した。


「交渉場所は――街の中央広場。

民衆の前、公開の形で行う。」


ミナの目が大きく開く。


「みんなの前で……?」


「そうだ。

“隠された取引”は支配だ。

“公開された言葉”は――契約だ。」


ラウルが息を飲む。


リアが目を伏せ、静かに頷く。


カイルは微笑すら浮かべた。


そしてミナは――震えた声で答えた。


「……わたし……やります。」


この日。

少女はただ逃げる存在から――


未来を語る者へと変わった。


戦いはまだ始まっていない。

しかしすでに――勝敗は言葉で動き始めていた。


──第47話へ続く

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