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第44話 帝国代理人――沈黙の紅

翌朝。

レミアの空は曇り、薄く冷たい風が街を撫でていた。


その空気は――決して偶然ではない。


街全体が、何かを“待っている”。


それは

戦争の始まりかもしれないし、

ただの交渉かもしれない。


だが確かなのは――

今日、この街で何かが変わるということ。


宿の食堂。

カイルたちは朝食を囲みながら、妙な沈黙を共有していた。


ラウルが最初に空気を破る。


「……来るな、今日。」


リアが頷く。


「ええ。昨日から兵士、巡回、民衆の目……

すべてが“何かを迎える準備”になっています。」


ミナはスプーンを持つ手が微かに震えていた。


「わたしたち……捕まりに来たみたい……」


カイルは穏やかに言う。


「違う。

“未来を選びに行く”。

その態度を忘れるな。」


ミナの呼吸が整う。


そして――宿の扉がノックされた。


金属が触れ合う乾いた音。

兵士の靴音。


受付の女将が青ざめた声で呼ぶ。


「た、旅人さん……!

あ、あなた方に、お客様が――」


ミナは一瞬体を硬くしたが、カイルが軽く肩へ手を置く。


「行こう。」


◆帝国式馬車


宿の前には黒い馬車。

紋章は――双頭の鷲。帝国の象徴。


周囲には帝国軍の兵が数名。

だが武器を抜く気配はない。


形式は――“外交”。


形式上だけは。


馬車の扉が開き、そこから現れた人物は――


深紅の軍服に、白銀の軍章。

整った顔立ち。

そして何より――静かすぎる瞳。


その威圧は、言葉や魔力ではなく――存在そのもの。


兵士が深く頭を下げ、言った。


「お待ちください――

帝国皇帝直属特使、

《ヴァルター・=ラインハルト閣下》」


人々がざわめく。


「……皇帝直属……?」


「こんな辺境に……?」


「まさか……あの少女のため……?」


ヴァルターは周囲を気にせず、ゆっくり歩み寄った。


足音は静か。

しかし一歩ごとに空気が冷たく締まっていく。


そしてミナの前で止まる。


その視線は攻撃でも侮蔑でもなく――評価。


まるで本を開く前に表紙を測っているような眼差し。


「――初めまして。

ミナ・シュメール嬢。

そして……」


視線がカイルへ移る。


「《無名の魔術師ナンビア》。」


ミナが驚く。


「……名前……知ってる……?」


カイルは目を細めた。


「帝国はいつから俺を調べていた?」


ヴァルターは一瞬だけ微笑した。


「“最初から”。

追放処分の記録に、奇妙な点があった。

魔術式分類:未登録。

魔力強度:測定不能。

使用体系:前文明型。

――普通なら、“研究対象”だ。」


リアが息を呑む。


ラウルは小声で呟く。


「……こいつ、カイルさんの正体知ってんのか……?」


ヴァルターはミナに視線を戻し、核心へ踏み込む。


「少女。

君の力は未完成。

まだ“鍵”ではなく――

“可能性”だ。」


ミナの目が揺れる。


「……完成したら……何になるの……?」


ヴァルターの答えは冷静で――恐ろしく現実的だった。


「――世界の仕様変更権限。」


静寂。


理解が追いつくまで、数秒かかった。


リアが震える声で問い直す。


「世界……を書き換える……?」


ヴァルターは頷く。


「運命、魔法体系、歴史、国家、法則。

それらを上書きできる存在。

古文書においては――

**“世界律者ワールドオーサー”**と記されている。」


ミナは息を飲み、胸の前で手を握る。


「そんな……わたしに……?」


ヴァルターの声は静かだが、力がある。


「選べるのは君だ。

支配か、破壊か、解放か――」


そして視線がカイルに戻る。


「だが――君は違う。

“世界の観測者アウトサイド”。

運命に属さない者。

歴史の誤差。」


カイルの返答は短い。


「それでもミナの側に立つ。」


ヴァルターは微かに笑った。


「――それを確認しに来た。」


その瞬間、兵士全員が空気を変えた。


緊張ではなく――儀式。


ヴァルターは片膝をつく。


特使であり、皇帝の名代である男が――

少女に対して。


街中が静まり返る。


ミナは声を失った。


そして――ヴァルターは言った。


「帝国は敵ではない。

ただ――『交渉する価値があるか』を見極めに来た。」


続けて、淡々と問いを落とす。


「少女。

未来を選ぶ者よ。

――君は、世界に何を望む?」


ミナは――答えようとした。


しかし、その瞬間。


街の鐘が鳴り響いた。


兵士が駆け込み叫ぶ。


「報告!

王国軍――街の外で展開!

教会騎士団も進軍中!

包囲されます!!」


空気が変わる。


人々が騒ぎ、街がざわめき――そして。


ヴァルターはミナを見て、静かに言った。


「――選べ。

戦うか。

逃げるか。

それとも、交渉の席に座るのか。」


ミナの胸が早鐘のように脈打つ。


恐怖。

戸惑い。

重さ。


だがその奥に――小さな炎。


カイルがそっと横に立つ。


リアも、ラウルも同じ方向を見る。


ミナは震える声で、しかし確かに言った。


「――わたしは。

逃げません。

未来を……歩きたい。」


ヴァルターの瞳が揺れた。


ほんの少しだけ。


そして、静かに立ち上がる。


「ならば――世界は君を試すことになる。」


兵士たちが再配置に動き出す。


街の空気は緊張で張り詰め――

それでもミナの足は、もう震えていなかった。


世界が動き始めた。


そして――彼らはもう、ただの旅人ではない。


運命に干渉する意志。

未来を望む者。


その誓いとともに、章は静かに幕を閉じる。


──第45話へ続く。

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