第43話 影の足音――動き出す追跡者たち
街に滞在して三日目。
気づけば空気は、初日に比べて明らかに変わっていた。
誰も口にはしない。
だが――街中に漂う“探している気配”は濃くなる一方だった。
朝、市場で買い物を装いながら歩く一行は、
昨日と同じように情報収集を行っていた。
だが――その裏で。
カイルは気づいていた。
(……距離を詰めすぎず、離れすぎず。
尾行の基礎が出来ている……プロか。)
誰かがつけている。
一人ではない。
三方向。
別のリズム、別の距離感。
ラウルが小声で囁いた。
「……気づいたか」
「ああ。反応するな。泳がせる。」
ミナは不安げに袖を握る。
「……追われてるの、わかります……
呼吸の音……視線の重さ……」
カイルは目を細めた。
(ミナの感覚が研ぎ澄まされている。
悪い兆候ではない。むしろ、成長だ。)
リアが自然な動作で、鏡面のアクセサリーを調整する。
その反射に――黒い影が一瞬映った。
リア「……最低でも四人。
そしてあれは……兵ではありませんね。動きが違う」
ラウルは苦笑する。
「王国、教会、帝国……だとしたら誰の手駒かね?」
カイルの答えは短かった。
「全部だ。」
ミナ「全部!?」
カイル「世界は迷っている。
奪うべきか、利用すべきか、破壊すべきか――
結論がまだ無い。」
ラウルが肩をすくめた。
「だから全勢力が“様子見しながら触ってくる”ってわけだ。」
リアは静かに息を吐く。
「……油断はできませんね。」
そして――動きが来た。
◆◆小さな危機、その1:盗み聞き
露店で蜂蜜入りのパンを選んでいるふりをしながら、ラウルが軽く声を出す。
「ミナさん、このパン美味しいぞ。食ってみな。」
ミナ「あ、ありがとう……!」
その瞬間――背後の酔客風の男が、
わずかに耳をこちらへ傾けていた。
普通の人間にはわからない程度。
だが、“訓練された者”の聞き耳の角度。
ラウルはパンを渡しながら、自然に男の背に近づき――
囁くような声で言った。
「おい。聞き耳はもうちょい上手くやれよ。」
男の肩がひくりと震える。
ラウルはにやりと笑い、背中を軽く叩いた。
「安心しろ。まだ殴らねぇよ。」
男は逃げるように市場の裏路地へ消えた。
ミナ「……言わなくてよかったの?」
「言っていいときと、泳がせるときがある。
今は泳がせるターン。」
◆◆小さな危機、その2:視線誘導
午後。
教会近くを歩いていると、
聖堂服を着た修道士がミナに向かって歩み寄った。
修道士「――そのまま歩きなさい。
こちらを見ない。
背後三十歩の位置に、
“帝国式暗器”を持った者がいる。」
ミナの呼吸が止まる。
リアがさりげなく並び、低く囁く。
「走らないでください。
慌てれば、追う側に“答え”を渡してしまいます。」
修道士は声色を変えず続けた。
「わたしは教会の者だが……
上からの方針には疑問がある。
少女よ――
君は祈りではなく、選択でここにいるのだろう。」
その言葉を残し、修道士は別方向へ歩いていった。
ミナは胸を押さえながら、震える声で言う。
「こわい……でも……
それでも歩きたい。
止まりたくない……」
カイルの返答は短く強かった。
「それでいい。
恐怖は、生きている証だ。」
◆◆小さな危機、その3:罠
夕暮れ近く。
裏通りを迂回しようとした瞬間――
微かな魔力の波が空気に走った。
カイルがミナの腕を引き寄せる。
「止まれ。」
そこにあったのは、置き石に見せかけた簡易魔術陣(トリガー sigil)。
リアが形状を見て表情を曇らせた。
「……帝国式。
感知型……“対象の魔力反応を記録し追跡用に送信するタイプ”です。」
ラウルは舌打ちする。
「エグいもん仕掛けてくるな……!」
ミナは怯えた表情で尋ねる。
「解除……できますか……?」
カイルは片膝をつき、そっと陣に触れた。
「できる。
だが――違う。」
リア「違う、とは?」
カイルは指先で陣を乱しながら静かに言った。
「解除じゃなく、“偽装”する。
“違う位置にいる”と情報を書き換える。」
ラウルは吹き出すように笑った。
「おいおい、やることがスパイ映画だな」
カイルは淡々と陣を書き換えた。
光が弾け――魔術陣は方向を誤認する。
「これで数日は、追跡は街の外周へ向かう。」
ミナはほっと息を吐き――
そっとカイルの袖を掴んだ。
「……ありがとう。
こわいのに……
でも、カイルさんがいるから……歩ける。」
カイルはミナの頭に手を置く。
「歩ければ十分だ。
走るのは、そのあとでいい。」
ミナは顔を赤くしながら――笑った。
◆◆夜
宿へ戻る頃には、街の灯が揺れ始めていた。
だが――不安ではなく。
決意と覚悟が宿っていた。
リアは小さくまとめる。
「今日で確信しました。
もう……“見つかるかもしれない”ではありません。
“見つけに来ている”段階です。」
ラウルは拳を握りながら呟く。
「来るなら来いって話だ。
こっちも準備はしている。」
ミナは、静かに胸に手を当てた。
「逃げるためじゃなく。
壊すためでもなく。
守るために――歩く。」
そしてカイルが最後に言った。
「明日からは――こちらが動く番だ。」
その言葉は、静かな宣戦布告だった。
“追われる旅”は終わる。
次は――“未来を奪い返す旅”。
──第44話へ続く。




