◆第41話 霧の街を歩く ――静かな数日、そして見えない網
翌朝。
レミアの街を包む朝靄は、ひどく重たかった。
市場のざわめき、露店の声、湯気の立つスープの香り――
表面上は普通の街の朝に見える。
だが、よく見ると兵士の巡回は増え、
旅人同士の視線は鋭く、
品物の裏に隠された「噂」が街全体を満たしていた。
ラウルが伸びをしながら呟く。
「……こういう街、嫌いじゃないんだけどな。
でも今は、気配が妙に刺さる」
リアが警戒しながら答える。
「ええ。街全体が“探している”空気です。
誰をかは言わなくても……明らかですけど」
ミナはフードを深くかぶりながら、小さく息を吸った。
「うう……なんだか視線感じる……わたしだけかな……?」
カイルは静かに答える。
「気づけるのは良いことだ。
お前の魔力資質は、“対象意識”に敏感だ。
見られている気がする時は、大抵本当に見られている。」
ミナ「褒められてるんですかそれ……?」
ラウル「まあ半分は褒めてるし半分は警告だな」
リア「残りの半分はたぶん脅しです」
ミナ「多くない!?」
その場が一瞬やわらかく笑いに包まれる。
――だが、気配は消えない。
◆街の構造と派閥
午前のうちに、俺たちは街の位置関係と勢力図を押さえる。
リュシアンが残していった地図には、こう記されていた。
◆中央区……教会・騎士詰め所・行政機関
◆商業区……市場・露店・情報屋
◆港区……密輸船・国外逃亡の利点
◆旧市街……地元組織・裏ギルド
◆南側……帝国の潜伏者が多い
ミナは地図を眺めながら小声で言う。
「……こんなに派閥が混ざってる街って、珍しいんですか?」
リアが答える。
「逆に言えば――ここは境界なのです。
国と地下社会、思想と力、正義と欲望。
その“接点”に位置する街。」
ラウルが笑う。
「つまり、揉め事が好きなやつらの巣窟ってことだ」
ミナ「だいぶ乱暴に翻訳されました……」
カイル「概ね合ってる。」
ミナ「えええ!?」
◆情報を集める、一日目
午前は市場へ。
果物売りの老婆が言う。
「最近は兵士が多いねぇ。
なんでも“特別な子”を探してるらしいよ」
ミナ(うわぁ……もう噂になってる……)
隣の肉屋は逆の噂を言う。
「いや違う。
あれは“魔女狩り”だ。
力がある奴は片っ端から調べられてる」
リアは眉をひそめる。
「情報が……混乱していますね」
ラウル「混乱してるってこと自体が重要な情報だ」
そして午後――。
教会前の広場。
祈りの声が響くが、その裏にはざわつきと警戒が漂っていた。
兵士が旅人の杖や書物を調べ、立ち入り制限をかけている。
ミナは立ち止まり、胸の前で手を握る。
「……みんな怯えてる……」
カイルがミナの手をそっと下ろし、低く囁く。
「怯えているのは――世界じゃない。
“支配してきた側”だ。」
ミナの目がわずかに揺れた。
「……わたしが……変えてしまったから?」
「違う。
お前が“選んだから”だ。」
沈黙。
けれどその沈黙は、ミナの心を縛るものではなく――
支えとなるものだった。
◆夜の情報屋区画
日が暮れ、夜灯りが灯る頃。
街の空気は昼間より濃く、鋭く、危険な香りを持つ。
裏路地で、情報屋たちは独特の符号で会話を交わし、
取引の代わりに“噂”が貨幣になる世界だ。
ミナはカウンターに腰をかけ、緊張しながら尋ねる。
「……この街に、帝国の……人が来てるって聞きました」
バーテンダーは磨いていたグラスを止め、視線だけ向けた。
「――来てる。
そして、“会いたがってる”。」
ミナは息を飲む。
「わたしに……?」
「違う。」
その返答に俺たちは一瞬驚き、次の言葉を待つ。
そして――男は言った。
「魔術師のほうだ。」
空気が止まる。
ミナの目が大きく見開かれた。
リアの手が静かに剣へ触れ、ラウルの視線が鋭くなる。
カイルは――微動だにしない。
バーテンダーは低く続ける。
「帝国は“少女”よりも、“少女を守る魔術師”を危険視してる。
理由はひとつ。」
視線がカイルの瞳と交差した瞬間――
ぞわり、と空気が震えた。
「帝国は知っている。
お前が、ただの追放者じゃないことを。」
ミナの心臓が強く跳ね、それでも――静かに手を伸ばした。
カイルの袖を掴み、震えた声で呟く。
「……大丈夫。
カイルさんは、わたしが知ってるカイルさんです。」
その言葉に、酒場の空気が少しだけ緩んだ。
だがバーテンダーは最後にもう一つ。
「――気をつけな。
王国はお前らを“確保”したい。
教会は“封じたい”。
魔王軍は“奪いたい”。
だが――」
視線が鋭くなる。
「帝国だけは――“利用し、従わせ、制御しようとしている”。」
ミナは言葉を失いながらも、はっきり言った。
「……それでも……わたし……未来を歩きます。
誰に奪われても、支配されても、捨てられても。
わたしは――わたしを選ぶ。」
その瞬間――
バーテンダーは静かに笑った。
「……いい目をする。
なら教えてやる。」
店内の空気が張り詰める。
そして――
「帝国はもう動いた。
“皇帝の代理人”が、この街に入った。」
全員が息を呑んだ。
世界は待ってくれない。
街で過ごす数日の探索は――
休息ではなく。
嵐の前の静かな研磨だった。
──第42話へ続く。




