第40話 沈黙の酒場 ― 世界の歪みと隠された真実
酒場《灰の灯》は、街の中心から少し外れた場所にあった。
外観は古びており、旅人が気軽に立ち寄れるような柔らかさはなく――
むしろ、**「事情を抱えた者しか来ない」**空気が漂っている。
扉を開くと、低い声とグラスの音が静かに響いていた。
視線が一斉に向く。
それは敵意でも歓迎でもなく、ただ“値踏み”。
だが、一目見ただけでわかる。
この場所にいる者は皆――情報に飢えている。
リアが小声で呟く。
「……油断はできませんね」
ラウルは周囲を観察し、肩をすくめた。
「まぁ、刺されるより盗聴されるほうが可能性高いな。気をつけろよ、ミナさん」
「う、うん……」
ミナは不安そうだったが、その中に意志の火がある。
そして――
カウンターの奥に座っていた、先程のフードの人物が手招きした。
「ここだ。座りなよ」
俺たちは席に着いた。
フードの人物は、ワインの瓶を軽く揺らしながら言う。
「まず名乗っておこう。
私は《リュシアン・アルヴィス》。
この街で情報を扱う者だ」
ラウルがぽつりと呟く。
「……偽名くさいな」
リュシアンは微笑んだ。
「もちろん偽名だ。
本名を出すほど、この世界は優しくない」
その言葉は冗談めいているのに、どこか刺さる。
ミナが勇気を振り絞り、声を出した。
「わたしたち……世界が動き始めてるって聞きました。
何が起きてるんですか?」
リュシアンの表情が――ほんのわずか、陰を帯びた。
「君たちの噂が原因だ」
酒場の空気が、また静かになった。
◆突然変わった世界の“温度”
リュシアンはワインを注ぎながら語る。
「三日前。
王都から号令が出た。
“鍵の少女を確保せよ”と」
ミナの肩が震える。
リアがそっと背に手を添えた。
「そして同時に――
追放された魔術師が少女を誘拐した、という虚偽報告が流れた。」
ラウルが噛みしめるように低く呟く。
「誘拐、ね……それなら囲い込みも正当化できる」
リュシアンは小さく頷く。
「国にとって――いや、“上層部”にとって、君たちはもう駒ではなく脅威だ」
ミナが唇を噛む。
「わたし……何も……
誰も困らせたいなんて思ってないのに……」
その言葉に、リュシアンが静かに目を細めた。
「怖いのはね、少女。
**“君が何を望むかではなく、世界が君に何を見たか”**なんだ」
ミナは息を呑む。
カイルはミナの手をそっと握った。
「気にするな。世界の都合なんて、知る価値すらない」
リュシアンは続ける。
「問題は――追っているのは王国だけじゃない」
ミナの顔色が変わる。
「……え?」
「教会は“神の意志”として君を聖職者へ封じる計画を立てている。
魔術師団は研究対象として君を求め、
貴族連盟は政治の切り札として嫁ぎ先を探している。」
ミナは小さく息を吸い――震えながら言う。
「わたし……人じゃなくて……所有物みたい……」
リュシアンは目を伏せた。
「君が“選んだ未来”が世界に届くには――まだ世界は幼すぎる。」
リアが静かに宣言する。
「ミナさんは“誰のもの”でもありません。
選ばれる側じゃない。選ぶ側です。」
ラウルも笑いながら付け加える。
「その未来を邪魔する奴には……まぁ、遠慮なく殴る方向で。」
リュシアンは少し驚いたように目を瞬かせた。
そして――今度は本物の微笑みを浮かべた。
「……ふむ。
旅の噂は聞いていたが――なるほど、本物だ。」
だが――本題はここからだった。
リュシアンは声を潜め、紙の地図を広げる。
「一番厄介なのは王国でも教会でもない。」
ミナが目を上げる。
「……じゃあ……」
リュシアンは指を地図の端――灰色に塗られた区域に置く。
「《帝国》だ。」
全員が目を見開いた。
「帝国……?」
リュシアンは言葉を重く落とす。
「帝国は“少女の力を国家兵器として利用する”計画を進めている。
そして――すでに動き始めた。」
沈黙。
重く、冷たく、逃げ場のない現実。
リュシアンは締めくくる。
「――君たちの旅はもう、“逃避”でも“巡礼”でもない。
世界と少女の未来を決める戦争の序章だ。」
ミナは震えた声で呟く。
「……戦う未来を……
わたし、選んだつもりはないのに……」
カイルが静かに応える。
「戦いたいかどうかじゃない。
“守りたいものがあるかどうか”だ。」
ミナの瞳に――迷いと、強い光が宿る。
「……なら……守りたい。
笑える未来も、歩ける道も……全部。」
その言葉に、仲間全員が微笑んだ。
リュシアンは椅子から立ち上がり、フードを被り直す。
「なら――一つ助言だ。」
沈黙が落ちる。
そして――
「この街にはもう長くいるな。
帝国の“影”がすでに入っている。」
空気が凍りつく。
世界は、すでに追いついていた。
──第41話へ続く。




