第4話 囚われの魔導師見習いミナ
オークロードを討伐した後、俺とリアは森の出口を目指して歩いていた。
夕暮れ。
森が赤く染まり、風が湿り気を含んでいる。
リアが警戒を続けながら言う。
「魔物の活性化……原因がありますね。偶然とは思えません」
「だろうな。普通のオークだけならともかく、あの王種までいた」
考え込みながら歩いていると——
風に紛れて、かすかな悲鳴が聞こえた。
リアが目を見開く。
「今の……!」
「あぁ、こっちだ」
同時に駆け出す。
森を抜け、倒れた柵を飛び越えたところで——俺たちはそれを見た。
柱に縛りつけられた少女が、魔物に囲まれていた。
学院風のローブ。
破れた布の隙間から覗く白い肌は傷だらけ。
肩まで垂れる桃色の髪。
年齢は十六、十七。
震えながらも魔法陣を展開しようとするが、光は途切れた。
「……こないで……お願い……」
その懇願を嘲笑うように、魔物の一体が手を伸ばす。
リアが叫ぶ。
「カイルさん!!」
「任せろ」
俺は一歩踏み込み、呟く。
「《時間停止》」
世界から音が消える。
魔物の動きが宙で止まり、少女の涙まで静止した。
その隙に少女の枷や縄を解除し、抱き寄せる。
時間が戻ると同時に、魔物たちは勢いのまま襲いかかる——
だがそこに俺たちはいない。
「《断罪の檻:零式》」
光の檻が魔物を飲み込み、粉砕する。
少女を傷つけないよう綿密に制御した。
戦闘は一瞬だった。
腕の中の少女はまだ震えている。
「大丈夫か?」
少女は怯えた目で見返すだけだった。
言葉を失うほどの恐怖が残っている。
リアが膝をつき、優しく声をかける。
「心配ありません。あなたを傷つける者は、もう誰もいません」
少女はリアを見て、かすかに息を吸い、震える声で答えた。
「わ、わたし……ミナ……
ミナ・シュメール……魔法学院の、魔導師見習いで……
実習任務に来て……でも、魔物が急に増えて……それで……」
途切れ途切れの説明でも十分だった。
仲間を失い、捕らわれ、生き残ってしまった少女。
リアはミナの肩をそっと抱く。
「ミナさん。生きていたことは、何も悪くありません」
ミナの涙が落ちる。
「……でも……わたしだけが……生き残って……」
リアは首を振った。
「生き残ったから、誰かに伝えられる。
生き残ったから、また誰かを守れる。
それは逃げでも恥でもありません」
同じ痛みを知るリアの言葉は、救いそのものだった。
俺は一歩近づき、静かに告げる。
「助けられる命は、全部助ける。それだけだ。
だから、生きていいに決まってる」
その瞬間、ミナの瞳にようやく光が戻った。
「……ありがとう……ございます……」
治療と休息で体力を戻し、ミナは立ち上がる。
「い、一緒に行っても……いいですか……?
ずっとじゃなくて……せめて、安全な街につくまで……」
リアは迷いなく答えた。
「もちろんです。むしろ、ぜひ来てほしいです」
俺もうなずく。
「一緒に行こう。それだけでいい」
ミナはこくりとうなずき、ローブの裾をぎゅっと握った。
弱さと健気さが同居するその姿は、守りたいと思わせる何かがあった。
こうして——
追放された“無能”の元勇者。
すべてを失った女騎士。
傷ついた魔導師見習い。
三人の旅が始まった。
しかし、誰も知らない。
ミナ・シュメールは
魔王軍が最優先で“捕らえよ”と命じたキーパーソンであり、
すでに追跡者が夜の森の陰からこちらを見つめていることを。




