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第37話 世界が動く ――追う者と脅える者と、崩れ始める光

遺跡の外。

冬の冷たい風が吹く山岳地帯――聖域の森の入口付近。


そこには数百の兵、十数人の高位魔術師、

教会騎士団、そして王国直属の勇者部隊が集結していた。


その中心――仮設の白い天幕。


幕を開く兵士の手は緊張で震えている。


中にいたのは、王国最強と謳われた勇者パーティ。


だが、その空気はかつての栄光や威厳とは違った。

もっと――濁ったもの。


虚勢、苛立ち、焦り、そして――恐怖。


◆勇者アレン


金髪で整った顔立ち。

だがその瞳には焦燥と苛立ちが滲んでいる。


手元の地図を叩きながら、怒声を吐いた。


「まだ出てこないのか!?

封印術も転移阻害も張ったんだぞ!?

こんな遺跡ひとつ突破して何日経ってると思ってる!」


側近の魔術師が怯えながら答える。


「ア、アレン様……その……

あの少年――ミナと共にいる“追放された魔術師”……

封印術式を砕き、森の術式を破壊したという話が……」


アレンの顔が引きつる。


「は? 追放された無能だぞ?

そんな真似できるわけ――」


言いかけて止まる。


――胸の奥がざわついた。


まさか、俺が追い出したあの雑魚が……

俺より強いなんてこと……あるわけ――


否定しかけた思考の奥に、

小さく痛む虚栄と、焦げ付いた劣等感。


勇者の肩書きを持つ彼が、

初めて“自分が選ばれていない可能性”を意識した瞬間だった。


◆賢者ミリア


青いローブを纏い、知恵と冷静さが売りだったはずの少女。

だが今は顔色が悪く、唇は乾き、落ち着きがない。


「……嫌な感覚がする。

何かが……変わった。

“道筋が書き換わった”みたいな……」


神官が訊く。


「“未来視”ですか?」


ミリアは震える声で答える。


「いいえ……**未来が“視えなくなった”**の。

今まで見えていた運命の線が――突然途切れたみたいに消えた」


周囲がざわつく。


「まさか……『鍵』が未来を選び始めた……?」


「儀式をしなかったのか?」


「遺跡が干渉したのか……?」


ミリアは声を上げて遮る。


「違う!“鍵”だけじゃない!

――付いているあの魔術師。

あれは……ただの追放者じゃない……

なにか、もっと根源的な――」


言葉にできない何かが喉で止まった。


震える胸に手を当てた。


「……あの人、危険。

世界にとってじゃない――

“わたしたちの作った秩序にとって”危険。」


◆聖騎士団指揮官


重厚な鎧をまとい、冷静沈着な壮年の騎士。


だが、冷静さは焦りへと変わり始めていた。


「――遺跡から出てきた瞬間を狙え。

逃げ道は潰してある。

あとは力で押さえれば――」


護衛騎士が震えた声で言う。


「ですが指揮官……

森の防御結界は破られ、

封印術士は全員戦意喪失。

魔導師団は“恐怖による沈黙”状態。

兵士の半数は、“あの魔術師の魔力を浴びた”だけで倒れました」


指揮官の顔が青ざめた。


「……魔力に触れただけで……?」


護衛は唇を噛みしめながらうなずく。


「彼らは言いました。

“あれは魔術ではない。

世界の理そのものに触れた感覚”だったと」


指揮官は拳を思わず握りしめていた。


もし本当に――そんな存在が“鍵の少女”の味方についたのなら……

この戦いはただの奪還ではない。


――革命だ。


◆教会枢機卿


白布の聖衣を纏い、偽りの清廉を顔に張り付かせた老人。


祈りを捧げるふりをしながら、しかし声は濁っている。


「鍵は逃げられまい。

未来は教会が定めた通りになる。

そうだ……少女は器にすぎん。

意思など不要……」


しかし、背後にいた司祭が青ざめた顔で告げる。


「枢機卿様……

神託が――届きません」


老人はゆっくりと顔を上げた。


「……なんだと?」


司祭は震えながら答える。


「まるで……

“神が少女側についた”ように……

神託が遮断されています……!」


枢機卿の手から聖書が落ちた。


乾いた音が天幕に響く。


◆そして――魔王軍


闇色の旗を掲げた黒い軍勢。

魔王軍の幹部“影将”マルグスが、丘の上から全体を見下ろしていた。


その口元に――冷たい笑みが浮かぶ。


「……なるほど。

王国も教会も、既に“少女ではなく……あの魔術師を恐れている”」


部下の悪魔が問う。


「方針は?

奪取しますか?抹殺しますか?」


マルグスは月を見上げ、愉悦の息を吐く。


「どちらでもいい。

だが――楽しみだ。」


低く囁く。


「世界を敵に回した魔術師が再び現れるとすれば――

それは戦争の始まりだ」


闇が。


国が。


教会が。


勇者が。


すべてが――ミナたちを囲むように動き出す。


だがその中心には、

世界のどの勢力も理解できないひとつの答えがある。


彼らは世界の正義のために戦うのではない。

“ひとりの少女の未来”のために戦う。


それが恐ろしい。

だから彼らは焦る。

だから追う。

だから怖い。


――逃げられるはずがない。


そう、彼らは信じている。


けれど。


ミナたちは“逃げている”わけではない。


すでに歩き出しているのだ。


未来へ。

世界を変える旅へ。


そして世界は――震えている。


次に会う時、

彼らが敵か味方かは、もう決まっている。


──第38話へ続く。

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