第36話 未来認証の儀 ――選ばれた者の証明
第四層を抜けた先は――静寂だった。
戦闘の余韻が嘘のように、空気は澄み、緊張も殺意もない。
ただ、深い湖の底のような静けさ。
通路の先には巨大な扉が一枚。
紋様は見たことのない複雑な魔術式――まるで世界そのものを抽象化した図形。
ミナは息を呑む。
「……この扉……なんだか胸が苦しい……」
リアはそっとミナの背に手を添えた。
「緊張かもしれません。でも、大丈夫です。あなたはもう前に進んでいる」
ラウルは手袋を外し、扉の紋様に触れようとして――止まる。
「……冷たい。でも、拒絶じゃない。
“まだ開く理由が揃っていない”って感触だ」
俺は扉の中心に刻まれた三文字に目を留めた。
――《承認》。
この扉はただ進むだけでは開かない。
「この階層は……“答え合わせ”だ」
リア「答え……ですか?」
「ああ。第三層まででミナが選び、俺たちが支えた“未来”。
それが本物かどうか――試される」
その言葉にミナの表情が引き締まった。
逃げる顔じゃない。
覚悟を持って未来へ踏み出す者の表情。
ミナは扉の前へ進み、両手を添えた。
すると――光が溢れた。
◆◆◆
視界が白く染まり、世界が変わる。
ミナは気づけば、何もない空間に立っていた。
白でも黒でもない。
光でも闇でもない。
ただ、存在だけがある空間。
そこに――ひとつの“影”が現れる。
それは、鏡に映ったはずの未来のひとつ。
ミナが犠牲になり、世界が救われた未来のミナ。
眠るように横たわり、静かで――
でも、生きていないミナ。
現実のミナが震える声で問う。
「……あなたは……わたし?」
影のミナは微笑む。
『ええ。
“選ばなかったわたし”』
リア、ラウル、カイルにはこの声は届かない。
これはミナだけの対話だった。
『わたしは正しく、国に称えられ、悲しみとともに記録される。
世界は救われ、人々は生き、涙は尊く語られる。
――だけど』
影のミナの瞳に小さな揺らぎが生まれる。
『わたしは、生きたかった。
笑いたかった。
痛くても苦しくても――誰かと未来を歩きたかった』
ミナの肩が震え、涙が一粒落ちた。
「……怖かった。
ずっと……自分がいなくなれば全部うまくいくって言われて……
信じてしまいそうになったこともあった……」
影は首を振る。
『怖がっていい。
不安でいい。
でも、選んだのでしょう?
“生きたい”と。』
ミナは涙の中で、強く頷いた。
「――うん。
わたし、生きたい。
守られるだけじゃなくて、
誰かの未来を守れるわたしになりたい……!」
影のミナは微笑み――ミナへ手を伸ばす。
『なら、行きなさい。
あなたには仲間がいる。
過去にはなかった――未来そのものが。』
光が両者を包んだ。
そして、影のミナは静かに形を失い――光に溶けた。
◆◆◆
光が収束し、現実の空間が戻る。
ミナの瞳には迷いがなかった。
「……終わりました」
扉の紋様が共鳴し、光が走る。
リア「ミナさん……!」
ラウル「やったか……!」
俺は一言だけ告げる。
「――合格だ」
扉がゆっくり開いた。
その先にあったのは――
小さな台座と、古い宝石の結晶。
管理者の声が空間全体に響く。
「未来認証完了。
ミナ・シュメール。
あなたは“選択に責任を持つ者”。
この宝珠、《未来鍵》を授けます。」
ミナがそっと手に取ると――
宝珠は柔らかな光に溶け、ミナの胸元へ吸い込まれた。
心臓の鼓動と混ざりあうように輝く。
ミナは息を震わせながら呟いた。
「……暖かい……
でも重い……
これは……未来の重さ……?」
俺はそっと彼女の肩に触れた。
「重くていい。
抱えていい。
俺たちが支える。」
リアも笑う。
「そして、ミナさんも支えてください。私たちを。」
ラウルは照れたように肩をすくめる。
「旅ってのはそういうもんだ。重さを分け合うもんだろ?」
ミナは涙をこらえながら笑った。
「うん。ありがとう。
みんなと歩く未来を選べて……本当に良かった。」
扉の奥――新しい道が続いていた。
遺跡の試練は終わった。
だが――
世界の戦いはここから始まる。
ミナの選んだ未来を、
奪われるわけにはいかない。
それはただの旅ではない。
未来を奪われた少女と、未来を壊す魔術師と、
未来を支える仲間たちの――反逆の旅。
第四層の光が背後で静かに閉じた。
──次章開幕へ。




