表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/71

第34話 意志の試練 ――選ぶという痛み

第三層へ足を踏み入れた瞬間、

空気が変わった。


音がない。風もない。匂いもない。


まるで――世界そのものが息を止めているような空間。


視界は白い霧に包まれ、

床も天井も確かだと認識できるのに、境界線が存在しない。


ミナは思わず身を縮めた。


「ここ……なんだか……怖い……」


リアがそっと肩に触れる。


「大丈夫です。離れません」


ラウルは眉を寄せながら低く呟く。


「ここだけ、空気が違う。敵意じゃない……もっと別の……“試す”気配だ」


カイルも魔力の流れを感じ取る。


――ここは、“精神領域に干渉する空間”。


第三層は戦う階層ではない。

選ぶための場所だ。


しばらく進むと、霧が薄れ――

巨大な鏡が三枚、静かに立っていた。


鏡は壁に固定されていたわけではない。

自ら浮き、ゆっくり回転している。


管理者の声が響く。


「第三層――意志の試練ミラーフレア

ここでは“答えなかった未来”と向き合いなさい」


ミナの手が震えた。


「……向き合う……?」


「鏡は三つ。

それぞれ、“もし選ばなかった未来”を映す。

見ることは傷つくこと。

しかし、見ないことは――生きないこと。」


リアは息を呑む。


「未来を……見せる鏡……?」


違う。


鏡は未来を映すのではない。


――未来になり得た可能性を映す。


ラウルが苦く笑う。


「……こういう試練か。優しい顔して残酷だな」


管理者の声は淡々と続く。


「他者を救うため現実を犠牲にした鏡。

何も変えられず世界に飲まれた鏡。

自分だけの幸せを選んだ鏡。

その三つ。

どれも“正しい”。

けれど――選べるのはひとつだけ。」


ミナは鏡の前に立つ。


鏡①が光り、映像が映る。


――そこには、ミナが犠牲になり世界が救われた未来があった。


王都は歓喜し、人々は涙し、

勇者たちは英雄として称賛されている。


ミナは祭壇で眠るように横たわっている。

穏やかで、綺麗で――戻らない。


リアが息を詰める。


「こんな……未来、絶対に許しません……」


ミナの声はかすかに震え、だが迷いはなかった。


「これは……“正しい未来”って言われていた未来……

でも、わたしはもう――正しさで死にたくない……」


鏡①の光が弱まる。


鏡②が光る。


そこに映った未来は荒廃していた。


町は燃え、兵も民も区別なく死に、

世界は混沌と崩壊の途上。


――これは、何もしなかった未来。


ミナは崩れていく世界を見つめて呟く。


「助けたい人も守りたいものも……

 “選ばなかった”結果なんですね……」


ラウルは拳を握る。


「動けなかったことほど悔やむ未来はない。

 これは最悪だ」


鏡②の光も消える。


そして鏡③。


その鏡の中には、穏やかな家と焚き火と幸せそうな声。


ミナが笑っている。

リアが料理をしている。

ラウルが釣り道具を修理している。


――そして、


カイルがミナの隣で穏やかに笑っていた。


戦いも争いもない。

ただ小さく、あたたかく、静かな未来。


ミナはその景色に触れかけ――手を止めた。


「……こんなの……反則です……」


リアは息を震わせた。


「これは……幸せな未来……」


ラウルは静かに言う。


「だが代償がある。

 この未来は“世界を捨てる未来”だ。」


ミナは、鏡に背を向けるようにして、強く息を吸った。


そして――振り返り、宣言する。


「わたしは――未来を諦めません。

 世界にも、わたし自身にも“選んだ責任”を持ちたい。

 そのために戦って、笑って、生きたい。

 だから――どの鏡も“わたしの答えじゃない”。」


管理者の声が柔らかく響いた。


「よく言いました。

はじめてです――その答えを出した者は。」


ミナの胸元がふわりと光り、

小さな宝石が形を取っていく。


それは――“選択の証”。


「ミナ。

あなたは『現実と未来を同時に選ぶ者』。

古の文明が守りたかった未来を、あなたが継ぐ。」


カイルがミナに寄り添う。


「よくやった。強かったな」


ミナは泣き笑いしながら答えた。


「……怖かった。でも――ひとりじゃなかったから。」


リアとラウルも肩を並べる。


管理者は静かに告げる。


「第三層――試練合格。

あなたたちは未来の扉を開く資格を得た。

さぁ――第四層へ。」


そして扉が開く。


光の向こう、空気が変わる。


次は――選択した未来を形にする階層。


戦いはここから始まる。


──第35話へ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ