第33話 遺跡の守護者 ――沈黙を見つめ続けた者
第三層へ続く扉の向こうは、
それまでの階層とはまったく異なる造りだった。
広く、荘厳で、静謐。
宮殿の謁見室に似ているが、豪華さはなく、ただ整然とした美しさと冷たさ。
古代文字が無数に流れる巨大な壁面が正面にそびえ立ち、
床には円環の魔術陣が刻まれている。
だが――
視線を引き裂くように存在を主張するものがひとつ。
玉座。
そこに、ひとりの女性が座っていた。
白銀の髪。
透き通るような肌。
目を閉じたまま動かない。
呼吸の気配さえない。
ミナが息を呑んだ。
「……眠ってる……?」
リアはすぐに剣に手を添える。
「わかりません。
眠っているのか、封じられているのか、あるいは――」
ラウルの声は低く震えていた。
「生きてるのか、死んでるのかもな」
だが次の瞬間、
女性の瞼がゆっくりと持ち上がった。
白銀ではなく、深い蒼の瞳。
その光は、敵意でも善意でもなかった。
ただ“観察”の光。
守るものを見定める視線。
彼女はゆっくりと口を開いた。
「――来たのですね、旅の者たち。
遥かなる時を越え、未来を選ぶ者たち」
声は鈴のように澄んでいたが、
どこか“人の生の感情”が抜け落ちた響きがあった。
リアが一歩前へ出る。
「あなたは……何者ですか?」
女性は、静かに答える。
「わたしは《遺跡管理者》
古代文明の記憶と意思を継ぐ“守護者”」
ミナは肩を震わせながら問いかけた。
「この遺跡は……わたしたちに何を望んでいるんですか……?」
管理者の視線がミナにだけ向けられる。
「望んでいません。
遺跡は“選択を観測するだけ”。
あなたが未来を望むなら、未来へ。
あなたが死を望むなら、死へ。
あなたが犠牲を望むなら、犠牲へ。
あなたが救いを望むなら――救いへ」
ミナは息を飲む。
「それって……わたし次第……?」
「ええ。
過去の少女は選べず、死を受け入れるしかなかった。
その結果、ひとりの魔術師が“世界を敵に回した”。」
あの映像が脳裏をよぎる。
“彼女を守れなかった”と涙を零していた魔術師。
ミナの声は震えているのに、はっきりしていた。
「わたしは……死なないって決めました。
生きたい未来を選びたい。
それでも……遺跡はわたしを受け入れてくれますか?」
管理者は小さく瞬きをし――静かに頷いた。
「“望む”のであれば、遺跡は拒まない。
ただし――」
その視線がカイルへ移る。
「あなたの選択は、過去の魔術師と酷似している。
たったひとりを守るために、世界を敵に回す道。
もし再びその未来を選ぶなら、また世界は――」
カイルは遮るように言った。
「未来はもう決まっているんだろ?」
管理者は表情ひとつ動かさない。
「いいえ。
過去は“結果”であり、未来は“観測されるまで未確定”。
未来は決まっていません。
あなたは壊す未来も守る未来も選べる」
ミナの視線が揺れる。
リアもラウルも息を呑む。
そして管理者は問うた。
「カイル――あなたは世界を壊しますか?」
空気が凍りついた。
剣も魔法も動いていないのに、
真剣な殺し合いの直前のような緊張が走る。
ミナが叫びかけ――言葉を飲み込んだ。
カイルの答えを遮ろうとしなかった。
“信じているから聞きたい”という表情。
カイルは深く息を吸い、管理者の瞳を見て答えた。
「壊すつもりはない。
だが――“ミナを失うなら壊す”。
俺にとって世界が価値あるものなのは、ミナが生きている世界だけだ」
リアは涙を噛み殺す。
ラウルは悔しいほど感動して顔をそらす。
ミナは胸の前で震える手を握りしめる。
管理者の目は揺れなかったが――
声は、ほんの一瞬、震えた。
「……ずるい答えですね。
過去の魔術師がたどり着けなかった言葉」
“守るためなら壊す”という矛盾を抱えた誓い。
だがそれは、古代文明の魔術師が最後まで見つけられなかった“出口”だった。
管理者は静かに玉座から立ち上がる。
床の魔術陣が淡く灯る。
「あなたたちの選択に干渉はしません。
ですが――見届けます。
失敗すれば、過去と同じ地獄に沈む。
成功すれば、未来は過去を裏切る」
その声音は冷たいのに、どこか祈りのようだった。
「第三層の試練へ進みなさい。
これは“力”の試練ではありません。
“意志”の試練です」
遺跡全体が深く脈動した。
ミナは震えながらも、はっきりと一歩前へ踏み出す。
「わたし、絶対に未来を選びます。
生きて、笑って、みんなと旅を続ける未来を!」
カイルも続く。
「たとえ何があっても、ミナの未来は俺が守る」
リア「二人の未来を支えるのが私の未来です」
ラウル「いいじゃねぇか、背負えるもん全部背負っていこうぜ」
管理者は、目を閉じて呟いた。
「――どうか辿り着いてください。
“守れなかった”の先へ」
その祈りは、
過去に縛られた亡霊の呪詛ではなく
未来を見たいと願う“誰か”の想いに聞こえた。
第三層の扉が開く。
そこは、過去でも試練でもない。
“未来の可能性を計る領域”。
旅はさらに深く、激しく、温かく――
未来の真実へ向かっていく。
──第34話へ続く。




