表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/71

第32話 再生される記憶 ― 壊れた約束の残響

夜明け前。

遺跡の休息区画は静寂に包まれていた。


カイルの交代で、後半の見張りを担当するリアが起きてきたころ、

広間の光に変化が起きた。


壁に灯っていた光が柔らかく揺らぎ、

奥の通路へ誘うように淡く脈を打ち始めたのだ。


リア「……カイルさん、あの光……」


カイル「“呼ばれてる”な。行くぞ。全員起こす」


ミナもラウルも眠気を振り切り、装備を整える。


むやみに殺意が漂っているわけではない。

だが、拒絶できないほどの強い“意図”が存在していた。


まるで、この遺跡自身がこう告げているようだった。


ここへ来た理由を思い出せ。

おまえたちの未来の前に、過去を見よ。


通路の奥へ進むと、巨大な石柱に囲まれた円形のホールに出た。

その中心には、透明な球体のようなものが浮かんでいる。


まるで時間そのものを閉じ込めた水泡だ。


ラウルが息を呑む。


「古代文明の……記憶装置……!」


リアは剣を握りしめたまま慎重に問いかける。


「危険は……ありませんか?」


ミナは球体に引き寄せられるように一歩踏み出した。


「……怖くないです。

 優しい……でも、すごく寂しい気配がします」


その瞬間――

球体が光を帯び、遺跡全体が震えた。


ミナの視界が光に覆われ、

次の瞬間――別の場所・別の時代へと意識が引きずり込まれた。


◆映像の中の世界


そこは戦場ではなかった。

豊かな都市。

空に浮かぶ環状構造物、緻密な魔法式の塔、光が行き交う道路。


古代文明――繁栄の絶頂期。


人々が笑い合い、肩を寄せ合い、

魔力と技術が暮らしを支えている幸福の光景。


ミナは思わず息を漏らす。


「……すごい……こんな平和で……明るい世界が、昔の人たちにはあったんだ……」


だが映像はすぐに変わる。


次の瞬間、空が“裂けた”。


黒い亀裂。

雷にも似た衝撃。

都市の防御魔法が一瞬にして破壊されていく。


地上には巨大な魔力嵐が発生し、建造物を飲み込み始めた。


人々は叫び、逃げ、泣き叫ぶ。

だが――逃げ場はなかった。


リアの声が震える。


「防御結界が……通用してない……」


ラウルが蒼白になる。


「この規模の破壊……自然災害じゃない……

 魔術兵器……誰かが“世界そのものを壊す魔術”を使った……?」


映像はさらに深部へ視点を移す。


破壊の中心地――そこには一人の青年がいた。


黒髪。

黒い魔力を纏い、瞳は深い闇に沈んでいる。


その姿に、全員が固まった。


リア「……カイルさん……?」


ラウル「いや……似てるどころじゃない……

 顔も……魔力の質も……ほぼ同じ……」


カイルは映像を黙って見つめ続けていた。


青年の周囲に味方とおぼしき人々が駆け寄る。


「これ以上はだめだ!世界が持たない!術式を止めろ!!」


だが青年は静かに首を振った。


『止められない。

 止めれば、終わるのは世界じゃない。

 ――彼女だ』


その“彼女”は映像に映っていない。


ただ一瞬、青年の脳裏に過ったのだろう。

優しげに笑う女性の姿――


ちょうど、ミナと瓜二つだった。


ミナは震えた声を漏らす。


「……わたし……?

 どうしてわたしが……古代の記憶の中に……?」


リアが肩を掴み、守るように寄り添う。


「落ち着いて。映像です。真実かどうかはまだ分かりません」


ラウルも苦しい顔をして言う。


「古代文明は破壊された。

 “鍵の少女”と“世界を壊す魔術師”の可能性はずっと語られてきたが……

 これは伝説じゃなくて歴史だった……?」


映像はさらに残酷に動いていく。


青年は世界を救おうとしたのか、壊そうとしたのか、

それとも“彼女”のために世界を犠牲にしたのか――判断がつかない。


ただ一つ確かなのは、


青年は、世界を敵に回した。

その理由は“たったひとりを守るため”だった。


この記憶装置は沈黙のうちに語っていた。


死を捧げられた少女を守るために、

一人の魔術師が世界を壊した。


カイルの拳が音もなく震えていた。


ミナはそんな彼の表情に気づき、

声を押し出すように叫んだ。


「――あれは、カイルさんじゃない!!」


カイルが驚いたように目を瞬いた。


ミナの声は震えていたが、力強かった。


「過去がどうだったか知らなくてもいい!

 わたしは、今のカイルさんを信じてる!!

 もし誰かを守りたいって思って……その結果、世界全部を敵に回すことになっても……

 それを“悪”って言える世界なんて、わたしは嫌です!!」


リアは涙を堪えながら言った。


「私もです。

 あなたが誰を守りたいか、何を信じたいか……

 それで十分です」


ラウルも静かに言う。


「過去がどうだろうと、今この場で俺たちを救ってくれたのはカイルだ」


映像の青年の目からは、最後の瞬間だけ涙が零れた。


『許してくれ。

 俺は――おまえの未来を守れなかった』


ミナが思わず口を押さえる。


カイルは静かに言った。


「過去は“こうだったのかもしれない”。

 だが未来は、まだ決まっていない」


ミナの瞳に強い光が宿る。


「じゃあ未来を変えましょう。

 “守れなかった”じゃなくて、

 “守れた”って言える未来にしましょう!」


カイルは短く息をつき、笑った。


「そのために――戦うんだろ、俺たちは」


リアとラウルも頷いた。


映像が消え、記憶の部屋は静寂に戻る。


だがそれは、安堵ではなく――宣戦布告の静けさだった。


遺跡は次の問いを投げかけようとしていた。


“未来を見たうえで、まだ進む意思があるか”


四人は迷わず答える。


カイル「進む」

ミナ「選びます、わたしの未来」

リア「見届けます、最後まで」

ラウル「逃げねぇ。ここまで来たんだからな」


遺跡の光が深く脈動した。


そして第三層への扉が開く。


未来へ進む者だけに許される扉。


──第33話へ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ