第30話 光の回廊 ― 選ぶ者と選ばれざる者
遺跡の最初の階層は、階段や扉ではなく――“光の迷路”だった。
壁も床も、天井も、すべて淡い青白い光を纏っている。
ほのかに温かく、息を呑むほど美しい。
だが同時に、どこか“人間が踏み入ってはならない領域”の気配もあった。
リアが慎重に剣を構えたまま小声で言う。
「誰かに見られているような……でも、気配は感じません」
ラウルも周囲に目を走らせながら答えた。
「この光……監視というより“観察”に近い気がするな。
俺たちを敵としてじゃなく、“対象として見ている”感じだ」
ミナは壁の光をじっと見つめている。
「……わたし……なんだか懐かしい気がする……
ずっと前にここに来たことがあるみたいな……でもそんなはずないのに……」
ミナの指先が壁に触れようとした瞬間、
俺はそっと手で制した。
「待て。罠ではないが、触れると“反応が起きるタイプ”だ」
ミナははっと手を引き、申し訳なさそうに肩をすくめる。
「ご、ごめんなさい……」
俺は首を振った。
「謝るな。触れることそのものは悪くない。
この遺跡は“ミナに反応する”のが確実だから、慎重にいくだけだ」
リアも微笑んで補足する。
「ミナさん、遠慮しなくていいです。
何もかも怖がっていた頃より、ずっと今のほうがミナさんらしいですよ」
ミナの顔が赤くなりつつも、嬉しさでほどけていく。
回廊を進むほど、壁の光が刻む文様は徐々に複雑になった。
ただの装飾ではない。魔術陣でもない。
「文章」であり「命令」であり「思想」であり「選択」――そんな情報密度を持っている。
ラウルが立ち止まり、壁に刻まれた文字列を読み取ろうとする。
「……翻訳は……難しいな。
封印文明よりも前の表記だから……単語が違いすぎる」
リアが横から覗き込む。
「でも、“未来”という文字は見えませんか?」
「確かにある。ほかには……“選択”“道”“罪”“鍵”……?」
ミナの体が小さく震えた。
「“鍵”って……わたしのこと……?」
ラウルは慌てて否定する。
「いや、まだ早まるな。“鍵”という単語自体は広い意味を持つ言葉だ。
“扉を開く者”“未来へ導く者”“運命の分岐を起こす者”……いろんな解釈ができる」
ミナは少し安心したように息を吐いた。
だが――壁の光はミナの安堵に反応したかのように波打ち、
次の瞬間、床が低く唸りながら動き始めた。
重厚な石の音が響き、地面に光の足場が浮かび上がる。
***
整列した光の足場は、一本の道ではなかった。
複数の方向に伸び――
それぞれの終点に“別々の扉”がある。
リアが息を呑む。
「これ……道の選択……?」
ラウルが感想を呟くというより、分析するように口にする。
「各扉は別の答えに繋がってる……
歴史を選ぶのか……未来を選ぶのか……犠牲か、繁栄か、封印か、解放か」
ミナは青ざめた。
「え……ど、どうしたらいいんですか……!?
ひとつ間違えたら……戻れない道なんじゃ……!」
床下に広がる奈落の暗闇は、比喩ではなく命を奪う。
俺は足場の表面に刻まれた文字に目を凝らした。
そこには単語ではなく“一文”が書かれている。
◆過去を望む者は沈む
◆現状を願う者は迷う
◆未来を見据える者は進め
リアが眉を寄せる。
「これ……三行のパズルですか?」
ラウルははっと気づいた顔をする。
「この遺跡が求めているのは、“答え”じゃない……
“意志の向きを問う試練”だ」
ミナは小さく震えながら問いかける。
「じゃあ……わたしは、どこに進めばいいんでしょう……?」
俺は答えに迷わなかった。
ミナに向き直り、静かに言う。
「ミナ。過去に戻りたいか?」
ミナは即座に首を振る。
「戻りたくない。
もう“いらない”って言われてた頃にも、閉じ込められて死ぬ未来にも戻りたくない」
「じゃあ、“今のままがいい”と思うか?」
ミナは少しだけ迷い、そして微笑む。
「……今がとても幸せです……
でも、“今だけ守って終わり”じゃ、旅にならない。
いつか、もっと幸せだって胸を張れる未来に行きたい……」
リアが目を潤ませる。
「ミナさん……」
ラウルは口元をほころばせる。
「言うようになったな」
ミナは俺をまっすぐ見つめて言った。
「だから……未来の道がいい。
怖くても、痛くても、泣いても……
わたし、自分の未来を自分で選んで生きたいです」
俺は軽く息をつき、光の足場を示す。
「それが“未来の道”。
前に進む意思を持つ者だけが踏める足場だ」
ミナは勇気を振り絞って――第一歩を踏み出した。
光が大きく脈動し、足場が彼女を受け止める。
リアとラウルも続く。
そして俺も足を踏み入れると、
足場はゆっくりと――しかし確実に奥の扉へ向かって運ばれていった。
通路を進むあいだ、ミナはぽつりと口を開いた。
「この遺跡は……わたしを試してるんじゃなくて……
本当に、“生きたい方向”に行かせようとしてるのかもしれません」
「そうだ。
“未来”を選んだ者だけが次へ進める。
遺跡は“生きたい意志”を見ている」
足場の終点――
青い光に包まれた巨大な扉が現れる。
扉には、美しい――しかし哀しい表情の女性のレリーフが刻まれていた。
泣いているような、祈っているような、何かを託すような。
ミナは息を呑む。
「……わたし、あの顔……どこかで見た気がする……」
リア「……知り合いの方に似てるとか、そういうことですか?」
ミナは震える頭を振る。
「違う……そうじゃなくて……
なつかしい……会ったことも、知らないはずなのに……
でも、すごく……胸が締め付けられる……」
ラウルが静かに呟いた。
「この遺跡はミナさんに“未来へ進む理由”を探させているのかもしれないな」
俺は扉に手を添え、ミナへ一言だけ告げた。
「開け。
この遺跡が求めている答えは“従うこと”じゃない。
“選ぶこと”だ」
ミナは涙を拭き、強く頷いた。
「わたし、自分の未来を選びたい。
そのために、この扉を開きます」
両手を扉に当てた瞬間——
青い光が爆発的に広がり、遺跡が大きく鳴動した。
扉が開かれた。
そして――
“遺跡の第二層”への道が姿を現した。
ここから先は、
ただの探検ではなく、
“ミナの未来に何が眠っているかを知る領域”だ。
旅は前へ進む。
3人は並んで――未来へ。
──第31話へ続く。




