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第3話 女騎士リア・ローゼン

森の奥へと進むにつれ、空気は次第に重くなっていった。


鳥の声は途絶え、風の音すら消えた。

この異様な静寂は、魔物の支配を示す兆候だ。


リアは剣を抜いたまま、横目で俺を見た。


「……さっきから余裕そうですね、カイルさん」


「そう見える?」


「はい。普通、あれだけのオークを一瞬で倒したら、調子に乗って大きな態度を取る人も多いと思います。

 でもカイルさんは、何というか……控えめというか、謙虚というか……不思議と落ち着いていて」


「無能って言われ続けてきた癖だよ」


さらっと答えたつもりが、リアの足が止まった。


彼女は少し怒った顔をしていた。


「……それ、気にしなくていいと思います」


「ん?」


「だって、実際に私は助けてもらいました。あの力を見たあとで“無能”と言える人なんて、どこにいるんですか」


珍しく強い言い方だった。


そして、はっとしたように視線を伏せる。


「す、すみません……失礼な言い方でした」


「いや。言ってもらえてありがたいよ」


それだけで十分だった。


リアは照れたように頬をかき、歩き出す。

重苦しい森の中に、少しだけ柔らかい空気が戻った。


しばらく進むと、開けた場所に出た。

そこには——巨大な影がうずくまっていた。


オークの王種。オークロード。


普通のオークの三倍はある巨体。

角の生えた兜のような頭。

吐息ひとつで木々が揺れるほどの魔力を放っている。


リアが息を呑んだ。


「……あれほどの魔物、見たことがありません。

 あれを放置していたら、村どころか辺境全体が——」


「だから来たんだろ?」


そう言うと、リアはきつく頷く。


「はい……行きます」


彼女は剣を構え、一直線に突っ込んだ。

真正面から恐れず立ち向かう姿は、無謀と言えば無謀だが——


それが、本物の騎士だ。


オークロードが腕を振り上げ、拳が雷鳴のように迫る。


直撃すれば、騎士の鎧など簡単に粉砕される——


俺は指を鳴らした。


「《鉄壁結界フルガード》」


透明な壁が割り込む。

オークロードの拳はそこにめり込み、空気が震えた。


「えっ……守って……?」


リアが驚いた短い隙に、俺は軽く言う。


「リア、あいつの足が弱点だ。

 右足首の古傷。そこを斬れば動きが鈍る」


「見ただけでそこまで……?」


「元・禁呪継承者なんでな」


冗談半分に返すと、リアは一瞬だけ笑った。


次の瞬間、リアは地面を蹴り、矢のように飛び込む。


「はああああッ!!」


鋭く洗練された剣筋。

力任せではなく、最小の動きで最大のダメージを狙う——実に美しい斬撃だ。


剣が右足首を捉え、肉を断ち、骨が露わになる。


オークロードが苦痛に吠え、体勢を崩した。


「ナイスだ、リア! 一気にいけ!」


「はいッ!!」


リアは連撃を叩き込む。

斬撃の軌道に無駄がなく、敵を怯ませることに特化している。


——この女、強い。


前衛一本でここまで洗練された剣筋を身に付けている騎士はそうそういない。


もしかすると、王都でも名を残せるレベルかもしれない。


だからこそ、気づいてしまった。


このままでは、リアが命を落とす。


動きを封じても、オークロードはまだ魔力を溜めている。

このままリアを攻撃に専念させれば——反撃の衝撃波で吹き飛ばされる。


俺は迷わず前へ出た。


「下がれ、リア!」


「まだ動きを止められる——」


「いいから!!」


リアの体を抱き寄せ、強引に後方へ飛んだ。

直後、オークロードの体から魔力の衝撃波が爆ぜ、森全体が震える。


大地が抉れ、木々が根こそぎ倒れた。


——もし、あそこで続けさせていたら。


リアはきつく唇を噛む。


「……すみません。熱くなっていました」


「責めてるわけじゃない。むしろ凄かったよ。

 ただ、無茶をさせるために組んでるんじゃない。生きて帰るために組んでるんだ」


その一言で、リアは目を見開いた。


そして、小さく呟く。


「……そんなふうに言ってくれた人、初めてです」


胸がほんのわずか震えている。


強く生きるために自分を追い込みすぎた女——そういうタイプだ。


「仕上げは俺がやる。援護、任せてもいいか?」


リアは迷わず答えた。


「任せてください。必ず守ります」


互いの視線が交錯し、頷き合う。


オークロードが再び咆哮を上げる。

今度は俺が前に出た。


上から見下ろす化け物に、ゆっくりと右手を突き出す。


「《永劫の理:断罪零式ジャッジメント・ゼロ》」


世界が白く染まる。

次の瞬間——


音もなく、オークロードは存在ごと消滅した。


残ったのは、静寂と風だけ。


戦いが終わると、リアは剣を鞘に収め、深く息を吐いた。


「……強すぎます。反則です」


「自覚はある」


ぶっきらぼうな一言なのに、リアは楽しそうに笑った。


そして、改めて俺の前に立つ。


「カイルさん。正式にお願いです。私と一緒に行動していただけませんか?」


そう来ると思っていた。


戦闘の相性は抜群。

意思疎通もできる。

助けたいという方向性も一致している。


——断る理由は、なかった。


「よろしく、リア。仲間だ」


差し出した手を、リアは迷いなく握り返した。


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします!」


こうして——

追放された“無能”と、一人きりの女騎士は、正式にパーティを組んだ。


そして、その瞬間。


遠く離れた王都では“ある事件”が起きていた。


勇者パーティの壊滅。

魔王軍による都市制圧の開始。

そして——国王の決断。


「禁呪継承者カイルを探せ。あの男に土下座してでも戻ってもらうのだ!」


まだ誰も知らなかった。


その“手遅れの懇願”が、やがて全大陸を巻き込む大戦の火蓋となることを。

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