第27話 決別の森──守護者同士の戦場
導師の号令とともに、
森全体の魔力が敵意へと変色した。
霧が濃くなり、風の流れが変わり、
木々が軋み、結界が閉ざされる。
ここは“逃がさない森”。
導師の後ろから十数名の魔導師・守護騎士・祈祷士が展開する。
ミナは震えながら叫ぶ。
「どうして……!
わたしを守るって言ってたじゃないですか!!」
導師は悲しみのような声音で答える。
「命は守る。
――儀式が終わるまで、という意味だ」
リアが剣を構え、叫ぶ。
「それは保護じゃなくて殺す準備でしょう!!」
導師は首を横に振って否定した。
「世界を救うための死は“処刑”ではない。
“英雄の死”だ」
カイルはため息すらつかず、冷たく言う。
「言い訳だけ上等だな」
導師の表情が険しくなる。
「その少女の自由を守るために世界を危険に晒すつもりか?」
「世界なんて知るか。
俺はミナの未来を守る」
戦う理由の強度は比べるまでもなかった。
導師の杖が振り下ろされる。
「第七封印術式──《迷界羅刹陣》!」
大地が波打ち、複数の結界陣が出現。
一気に3人を拘束しようとする。
リアが前へ飛び出す。
「カイルさん、ミナさんは任せます!!」
拘束結界を剣で斬り裂き、ミナの前に盾のように立った。
守護騎士団が突撃してくる。
剣、槍、盾――
ミナを“連れ去るためだけ”の無力化戦術。
ミナは恐怖に飲まれそうになりながらも叫べた。
「こ、来ないでください!! 来ないで!!」
涙声の願いは――魔力を震わせた。
杖から放たれた光弾が、守護騎士たちの進行を阻む。
リアは驚きながらも隙を逃さない。
「ミナさんナイスです!!」
剣が疾風のように舞い、騎士たちを吹き飛ばす。
その後方――
魔導師たちの詠唱が完成しようとしている。
ミナが詠唱を始めようとすると、カイルが肩に触れた。
「魔導師は俺がやる」
カイルが全方位を見渡し、
掌を地面に向けてかざす。
「《魔力特異点:黒点結界》」
周囲の魔力が一点に吸い込まれ、
魔導師たちの魔法陣が強制崩壊した。
詠唱の反動で魔導師たちは倒れ、
再び戦線が瓦解。
導師が歯を食いしばる。
「――その力……やはり“禁忌”か……!
追放された理由は理解できる……!」
カイルは皮肉気に微笑む。
「理解できてたら追放なんてされてねえよ」
導師は追い詰められながらも叫ぶ。
「この力こそ制御不能!
いずれ世界を壊す!!
だから封じねばならぬ!!」
カイルはぴたりと動きを止めた。
目は怒りではなく、もっと冷たい感情だった。
「――そこだけは反論しない。
俺の力は“壊す力”だ」
周囲の空気が震えた。
リアもミナも息を呑む。
カイルは言い切る。
「だがそれが“ミナの未来を奪おうとする力”よりマシだ」
導師の顔が歪み――
叫びとともに結界術式を最大展開。
「ならば、世界を壊す前に“鍵ごと”消し去る!!」
ミナは涙を流し叫ぶ。
「そんなの嫌!!
わたし……死にたくない……!
カイルさんとリアさんと一緒に生きたい……!」
その言葉が戦場の空気を一変させた。
リアが剣を掲げる。
「ミナさんは死なせない!!」
カイルも無詠唱で魔力を展開。
「ミナは俺の仲間だ。
世界を敵に回してでも守る」
導師が結界の最終発動体勢へと移る。
敵味方、魔法も肉体も精神も限界まで張り詰める。
決着の瞬間――
「全封印術式重ね掛け──《星界拘束の儀》!!!」
導師の結界が
上空から巨大な“光の封印陣”として降り注ぐ。
大地からも同じ陣が逆方向に現れる。
光の巨壁の間にミナを挟んで“押し潰す陣”。
上下から迫りくる結界――
ミナを生きたまま儀式に封じる技。
ミナの瞳に絶望が映る。
「やだ……死にたくない……!」
だが――
ミナの肩が震える前に、
カイルの声が割り込んだ。
「俺が守る」
たったそれだけ。
それだけでミナの恐怖が吹き飛んだ。
光の封印陣がミナに触れる――
ほんの寸前。
カイルが静かに指を鳴らす。
「《永劫の理:殲界律》」
音さえなく、結界陣が虚無へと消失した。
導師の結界術は跡形もなく砕け散る。
森の地面が震え、空気が弾け、
導師は膝をつき、声を失った。
「……結界が……消えた……?
“無効化”ではなく……“存在が消えた”……
そんな理屈……あってたまるか……!」
カイルは冷徹に宣告する。
「二度とミナに触れるな。
仲間の未来を奪う世界なら、俺が壊す」
導師は震えながら見上げる。
「世界を……敵に回すつもりか……おまえは……!」
カイルは躊躇なく答えた。
「ミナひとり守れないなら、
そんな世界には価値がない」
森を揺らすような無言の静寂。
導師は絶望し、
配下たちは恐怖で動けない。
リアは剣を構えたまま、涙を滲ませて呟いた。
「……カイルさん、本当に……強すぎます……」
ミナは胸の前で両手を握りしめ、
涙を流しながら笑った。
「……わたし……
ここまで守られて……
生きたいって思えたの……初めて……」
その笑顔は震えながらも、確かな“意思”を宿していた。
3人は導師と封印勢力から完全に決別した。
この戦いで決まったことはひとつ。
――ミナの未来は、世界が決めるものではない。
ミナが選ぶものだ。
そして、その未来を守るのはカイルたち。
世界との戦いの幕は、ここから本格的に開く。
——第28話へ続く。




