第190話 正面衝突――三者来訪
昼前。見張りが同時に三方向からの接近を告げた。偶然ではない。時間も距離も揃いすぎている。帝国の密使は街道を堂々と進み、教会の救済団は祈り旗を掲げ、王国の再評価団は最短路を取ってきた。三者三様の“顔”だが、狙いは一つ――この村がどこに立つかを今ここで確定させること。
最初に口を開いたのは帝国だった。礼節は完璧、要求は簡潔。「自治の承認と交易路の保全。その代わり、外圧への抑止を提供する」。甘い。だが、代償は関与の常態化だ。次に教会。「救済と保護を。力は使わない。だが規範は共有してほしい」。柔らかいが、規範は一方向。最後に王国。「再評価の結果、限定自治を認める可能性がある。ただし監督下で」。条件は増え、自由は減る。
三者が揃った場で、カイルは座ったまま動かない。剣も拳も出さない。ミナが一歩前に出る。「質問は一つだけ」。全員が頷く。「越境したら、どうしますか」。帝国は答える。「排除する」。教会は「救済する」。王国は「執行する」。ミナは静かに言う。「私たちは、止める。奪わない。追わない。越境だけを止める」。沈黙。三者の答えは、ここで初めて噛み合わない。
カイルが続ける。「ここは市場でも前線でもない。線を守る共同体だ。関与は歓迎しない。接触は拒まない」。つまり、保護も庇護もいらないが、対話は閉ざさない。帝国の密使が眉を動かす。教会の司祭が祈りを止める。王国の代表が紙を閉じる。誰も“完全勝利”を得られない条件だ。
そこで、事件が起きた。救済団の後方で小さな爆ぜ音。倉庫脇の地面がえぐれ、煙が上がる。致命的ではない。試すための一撃。瞬間、カイルが動いた。地面を踏み、衝撃を吸い、拳を振るわずに“場”を制圧する。飛び出した影を押さえ、地に伏せさせる。殺さない。追わない。止めるだけ。
犯人は教会側の下働き。名目は「暴走」。だが意図は明白だった。場を荒らし、守ると言った言葉を破らせる。ミナが言う。「線は破られていない。越境者は止めた」。事実だけが残る。三者は、初めて同時に“失点”した。
結論は出ない。だが、優劣は示された。帝国は正式交渉の場を改めて設けると告げ、教会は内部調査を約し、王国は監督案を撤回して持ち帰る。引いたのではない。踏み込み損ねたのだ。
夕刻、三者は去る。村は静かだ。ミナは息を整え、「怖かった」と正直に言う。カイルは答える。「正面から来るのは、逃げ場がない分、楽だ」。線は、今日も機能した。
外では噂が走る。「あの村は、選ばせる」。次に来るのは、もっと強い圧だ。だが今は、勝ったのではなく、折れなかった。それで十分だった。
ーー第191話へ続く




