第19話 穏やかな朝と、3人の距離
隠し宿での朝は、久しぶりに静かだった。
外の騒音も、敵の気配もない。
“普通の朝”の匂いがした。
ミナは布団の中でごそごそ動きながら顔を出す。
「……おはようございます……
カイルさん、リアさん……」
リアが微笑んで髪を整えた。
「おはようございます。体調は大丈夫ですか?」
「はい……昨日ぐっすり眠れたので、すっごく元気です……!」
ミナの声は柔らかく、それでいて弾んでいた。
カイルは朝食の準備を終えて声をかける。
「起きたなら食え。騒ぐほどの料理じゃないが栄養はある」
ミナは湯気の立つスープを見て目を輝かせた。
「カイルさんの料理、大好きです……!」
リアは苦笑しながら座る。
「わたしも好きですけど、ミナさんの言い方はちょっと熱量が高いです」
「えっ!? す、すみません!!
でも、好きなものは好きだって言いたくて……!」
「それは悪くない。好きと嫌いをはっきり言えるのは強さだ」
ミナは照れながらスプーンを握る。
スープを一口飲むと、
幸せそのものの顔になる。
「……生きてる感じがします……」
その言葉にリアが静かに微笑む。
「ミナさんが生きててくれて、本当に良かったです」
「リアさんも……カイルさんも……わたしの人生を変えてくれた人です」
その台詞は優しくて、暖かくて、
胸の奥に届く言葉だった。
食後、3人は部屋で装備の整備をする。
リアは剣の研磨、ミナは魔力回路の調整。
カイルは防具の補修と魔法加工。
ミナはカイルの手元を興味津々で見つめる。
「……カイルさんの魔法って、
攻撃も補助も封印もできて……すごすぎませんか……?」
「努力は長かった。時間もかかった。
才能だけで辿り着いたわけじゃない」
ミナは羨望の眼差しではなく、尊敬の眼差しで言う。
「わたしも……時間をかけて強くなれるなら、
努力したいです……!」
リアが優しい声で補足する。
「ミナさんはすでに努力できる心を持ってますよ。
だから伸びます。断言できます」
ミナは胸に手を当てて、
誓うように小さく呟いた。
「わたし……もっと強くなりたい……
二人と並んで旅をしたいから……!」
その表情には、昨日までの“震える少女”ではなく
“仲間といたいと願う冒険者”の強さがあった。
昼すぎ、落ち着いた頃。
ミナがローブの裾をつまみながら照れたように言った。
「今日……お二人がよければ……
ちょっとだけ……外に出てみたいです……」
リアが目を丸くする。
「ミナさん、自分から外に出たいなんて……!」
「怖いです。でも、隠れて怯えているだけだと……
また“ただの逃げる旅”になってしまう気がして……」
それは誰より勇気のいる言葉だった。
逃げて当然の状況で、逃げない選択をしようとしている。
リアはミナの手をぎゅっと握る。
「行きましょう。
一歩でもいいから、外の空気を吸いに」
ミナは頷き、ゆっくりとフードを被った。
俺も立ち上がる。
「短時間だけだ。監視しながら歩く。
危険を感じたら即帰る」
外へ出る前の一瞬――
ミナは小さく俺の袖を掴んで囁いた。
「カイルさんと一緒だと……怖くないです」
その言い方があまりにまっすぐで、
リアが少しだけ頬を染めた。
「カイルさん、ずるいです……」
「何がだ」
「そういうところ全部です!」
カイルは分かっていない顔で、
ミナは笑って、リアは深くため息をついた。
この三人の距離は確かに近づいていた。
――けれど幸福な時間は長くない。
外に出たほんの数分後、
街の掲示板に張り出された“ある紙”が目に入る。
《ミナ・シュメール行方不明》
ギルド・教会・国が共同捜索へ
街のどこへ行っても
ミナの名前が貼り出され、
噂が吹き荒れていた。
ミナを隠し通す日々が――本格的に始まる。
——第20話へ続く。




