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第189話 混ざる毒――内部に潜む火種

難民を受け入れて三日目。村は表面上、落ち着きを取り戻していた。畑は回り、見張りは交代制で機能し、境界杭も誰の目にも当たり前の存在として受け入れられ始めている。だが、カイルは違和感を拭えずにいた。人が増えたことで空気が変わったのではない。意図的に、わずかに歪められている。その感覚が、背中に貼りつく。


最初に気づいたのはラウルだった。倉庫の在庫が、帳尻は合っているのに動きがおかしい。多く使われた形跡はないが、誰が何を持ち出したかが曖昧になっている。次にリア。夜の見張りで、同じ話が少しずつ違う形で広まっているのを確認した。「王国は次は交渉に来るらしい」「従えば保護は本物だ」「ここは危険だ」。どれも決定打はないが、不安を増幅させるには十分だった。


ミナは焚き火のそばでその噂を耳にし、胸の奥が冷えた。誰かが嘘をついているのではない。真実を、少しだけ曲げている。それが一番厄介だと、ここ数日で学んだ。


夜、集会。カイルは感情を煽らず、事実だけを並べた。「物資の管理を明確にする。見張りの記録を共有する。噂は出所を確認する」。単純な方針だが、線を内側にも引くという宣言でもあった。ざわつく空気の中、ひとりの若い男が反発した。「疑ってるのか?」。カイルは即答しない。ミナが代わりに言った。「疑うんじゃない。守るために、確かめる」。その言葉で、空気が一段落ちる。


翌朝、答えは出た。見張りの交代時間に合わせて、倉庫裏で小さな火が上がった。大事には至らないが、誰かが意図的に混乱を作ったのは明白だった。逃げようとした影を、カイルが無言で押さえ込む。抵抗はない。男は震えながら白状した。「頼まれただけだ。噂を広めろって。火は合図だって」。


誰に? 男は名を出さない。出せないのではなく、出す必要がないからだ。指示は段階的で、直接の主はいない。切り捨てられる構造。第182話で見た光景の内側版だった。


処分は即断された。追放ではない。拘束でもない。事実を共有し、役割から外す。そして選択を委ねる。「残るなら、線を守れ。出るなら、止めない」。男は泣き、迷い、そして出て行った。拍子抜けするほど静かな結末だったが、毒は抜けた。


その夜、ミナはカイルに言う。「怒らなかったね」。カイルは焚き火を見つめたまま答える。「怒りは外に向ける。内側は冷やせ」。ミナは頷く。選ぶということは、感情を使い分けることだと、ようやく腑に落ちた。


外では、動きが早まっている。王国は「再評価」を口にし、教会は救済団の派遣を検討、帝国は正式な接触の準備に入った。黒星会は静かだ。嵐の前の静けさ。


カイルは境界杭を一度見渡し、低く言う。「内側は保った。次は、正面から来る」。ミナは答える。「なら、間違えない」。線は、もう共有されている。


ーー第190話へ続く

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