第174話 夜を越える――恐怖と責任
夜。
村を囲む松明の炎が、
不規則に揺れている。
配置はまだ甘い。
立ち位置も、距離感も、声掛けも、
すべてが手探りだ。
だが――
誰も家に戻らなかった。
◆初めての自警夜
見張りは三人一組。
一刻ごとに交代。
剣を持つ者、
農具を持つ者、
ただ松明を握る者。
拒否派の若者が、
ぎこちなく周囲を見回す。
「……静かすぎるな……」
援助派の男が、
唾を飲み込む。
「……何も起きない方が……
怖い……」
ミナは、
二人の間に立っていた。
剣は持たない。
魔力も使わない。
ただ――
逃げずに、そこにいる。
(……足が……
震えてる……)
それでも、
一歩も引かなかった。
◆小さな異変
深夜。
森の奥で、
枝が折れる音。
三人同時に、
息が止まる。
拒否派の若者が、
反射的に一歩前に出る。
「……来た……?」
援助派の男が、
声を潜める。
「落ち着け……
まだ……」
音が近づく。
重い足音。
二つ……いや、三つ。
ミナの心臓が、
痛いほど鳴る。
(……来る……
来る……!)
◆恐怖の連鎖
拒否派の若者が、
震える声で言った。
「……俺……
無理かもしれない……」
その言葉に、
援助派の男の呼吸が乱れる。
「……おい……
そんなこと言うな……」
恐怖が、
声を通じて伝播する。
このままでは――
誰かが逃げる。
逃げれば、全員が崩れる。
ミナは、
ぎゅっと拳を握った。
◆ミナの「支え」
ミナは、
一歩前へ出た。
声は、
意外なほど落ち着いていた。
「……大丈夫……」
二人が、
驚いてこちらを見る。
**「怖いのは……
ちゃんと見てる証拠……」**
拒否派の若者が、
かすれた声で聞く。
「……怖くないのか……?」
ミナは、
正直に答えた。
**「……怖い……
すごく……」**
だが――
続けた。
**「でも……
一人じゃない……
今は……
それだけで立てる……」**
援助派の男が、
深く息を吐く。
「……ああ……
そうだな……」
拒否派の若者も、
歯を食いしばる。
「……逃げない……」
恐怖は消えない。
だが――
止まった。
◆正体
やがて――
森から姿を現したのは、
野生の鹿だった。
松明の光に驚き、
一瞬こちらを見て、
森へと消える。
沈黙。
次の瞬間――
三人同時に、
膝が笑った。
援助派の男が、
苦笑する。
「……生きた心地がしなかった……」
拒否派の若者が、
乾いた笑いを漏らす。
「……情けねぇな……」
ミナは、
小さく首を振った。
**「……ちゃんと……
夜を越えた……」**
◆カイルの視線
少し離れた高台。
カイルは、
その一部始終を見ていた。
剣に手はかけない。
助けにも行かない。
ただ――
見守る。
リアが小さく言う。
「……越えましたね……
最初の一線……」
セリアが腕を組む。
「失敗しなかっただけで、
十分すぎる成果よ。」
ラウルが笑う。
「ガキども、
ちょっと強くなったな。」
カイルは、
ミナの背中を見て、
小さく呟いた。
**「……もう……
守られる側じゃねぇな……」**
◆夜明け
やがて、
空が白み始める。
誰も倒れなかった。
誰も逃げなかった。
誰も泣かなかった。
ただ――
少しだけ、
立ち方が変わった。
ミナは、
朝焼けを見つめる。
(……怖かった……
でも……
できた……)
その瞬間、
胸の奥に、
小さな自信が灯った。
──第175話へ続く




