第173話 試金石――最初の代償
夜明け前。
村はまだ眠っていた。
だが――
“守ってもらえない村”は、
眠りが浅い。
◆最初に失われたもの
鶏小屋だった。
血の匂い。
倒れた柵。
引きずられた跡。
襲撃者は、
魔物でも、兵士でもない。
人間だった。
リアが、跡を見て呟く。
「……三人以上……
武装は軽装……
訓練は受けていない……」
セリアが顔を歪める。
「なら……
盗賊……」
ラウルが舌打ちする。
「情報が回るのが早すぎる。」
ミナの胸が、きゅっと締まる。
(……守られないって……
こういうこと……)
◆「自立」を嗅ぎつける者たち
村の外れで、
震えている若者が見つかった。
拒否派の一人だ。
「……夜中に……
“もう守ってくれる国はないんだろ”って……
笑いながら……」
拳が震えている。
「……俺……
何もできなかった……」
援助派の男が、唇を噛む。
「……これが……
代償か……」
未定派の老人が、
静かに目を閉じる。
「……早すぎるな……
だが……
避けられん……」
◆村に走る恐怖
声が小さくなる。
夜に怯える視線が増える。
「王国を断ったからだ……」
「教会の加護があれば……」
「帝国なら、少なくとも……」
“もしも”が、
空気を侵食し始める。
ミナは、唇を噛みしめる。
(……私たちが……
選ばせた……
だから……
怖い……)
◆カイルの判断
カイルは、盗賊の痕跡を一通り見たあと、
村人たちの前に立った。
「追わない。」
どよめき。
拒否派の若者が声を上げる。
「なんでだ!
やり返さなきゃ――」
援助派の男も叫ぶ。
「見せしめが必要だ!」
ミナの心臓が跳ねる。
(……戦えば……
楽になる……
怖さは消える……)
だが――
カイルは首を振った。
「それは“守ってもらう側”の発想だ。」
静まり返る。
**「追えば勝てる。
だが、その瞬間から――
この村は“俺に守られる村”になる。」**
リアが、息を呑む。
「……依存の発生……」
セリアが歯を食いしばる。
「……分かってる……
分かってるけど……
つらいわね……」
◆代わりに示されたもの
カイルは、続けた。
「やることは三つだ。」
指を一本立てる。
**「見張りを決める。
交代制だ。
誰か一人に任せない。」**
二本目。
**「武器を分ける。
使い方も教える。
だが、
俺は前に立たない。」**
三本目。
**「恐怖を共有する。
黙らない。
“怖い”と言っていい。」**
村人たちが、
息を呑む。
楽じゃない。
早くもない。
安全でもない。
だが――
自分たちでできることだった。
◆ミナの一歩
ミナが、ゆっくり前に出た。
声は震えている。
**「……私……
見張りに入る……」**
ざわめき。
援助派の男が慌てる。
「だめだ!
君は――」
ミナは、首を振った。
**「……特別じゃいたくない……
選ばせるなら……
一緒に怖がる……」**
その言葉が、
胸に落ちる。
未定派の老人が、
静かに頷いた。
「……それでええ……」
◆最初の夜
松明が、
村を囲む。
ぎこちない配置。
不慣れな手つき。
だが――
誰も逃げなかった。
カイルは、
一歩引いた場所で見ている。
剣はある。
力もある。
だが、使わない。
**「……これが……
本当の試金石だ……」**
ミナは、
震えながら夜を見つめる。
怖い。
眠れない。
でも――
(……選んだ……
私たちは……)
──第174話へ続く




