第172話 選択の代償――揺れる村、揺れる世界
三勢力が去った朝。
村は、昨日までより静かだった。
だがそれは平穏ではない。
判断を迫られる前の静けさだった。
◆王国が残したもの
村の入口に、
王国近衛隊の紋章が刻まれた箱が残されていた。
中身は――
武器でも金でもない。
契約書だった。
《緊急時相互防衛協定(暫定)》
・王国は村の防衛を担う
・村は情報共有を行う
・決定権は王国が持つ
援助派の男が、息を呑む。
「……助けるって、
こういうことか……」
拒否派の若者は歯を噛む。
「書いた瞬間、
終わりだ。」
未定派の老人は、
紙をじっと見つめた。
「……選択肢に見えて、
逃げ道が一つしかない。」
◆教会が残したもの
村の外れ。
小さな祭壇が、いつの間にか設えられていた。
祈りの文言が刻まれている。
《迷える魂のために》
《選択に疲れた者のために》
ミナは、その前で足を止めた。
(……優しい……
でも……
“疲れたら委ねろ”って……)
セリアが低く言う。
「心が折れた瞬間を、
待ってる。」
リアが頷く。
「介入の準備ですね……」
◆帝国が残したもの
何もない。
痕跡も、印も、
言葉すらない。
だが――
見られている感覚だけが残った。
ラウルが肩をすくめる。
「一番いやなやつだな。」
リアは静かに言った。
「……帝国は、
“どこで崩れるか”を
見ています。」
◆村の中の揺れ
広場では、
小さな言い争いが始まっていた。
「王国の契約……
悪くない話じゃないか?」
「教会の祈り……
心が楽になる。」
「帝国は何もしない……
それが一番安全じゃないか?」
それぞれが、
それぞれの“逃げ道”を探している。
ミナの胸が、締め付けられる。
(……また……
選択が……
“楽な方”に引っ張られてる……)
◆ミナの揺らぎ
焚き火の前。
ミナは俯いていた。
「……私……
選ぶ自由を……
重くしすぎてる……?」
リアが首を振る。
「重いのは、
選択ではなく――
責任です。」
セリアが続ける。
「責任は、
誰かに預けると
楽になる。」
ラウルが短く言う。
「だから奪われる。」
ミナは、唇を噛んだ。
◆カイルが引く「線」
カイルは、
三つの“置き土産”をすべて見たあと、
広場の中央に立った。
声を張り上げない。
剣も抜かない。
ただ、はっきりと言った。
「条件を出す。」
村人たちが、息を呑む。
**「王国の契約も、
教会の祈りも、
帝国の観測も――
受け入れない。」**
ざわめき。
援助派の男が叫ぶ。
「それじゃ、
守りがなくなる!」
拒否派の若者も言う。
「敵を増やす!」
未定派の老人が、
静かに問う。
「……代わりは?」
カイルは、即答した。
「自分たちだ。」
沈黙。
**「守るのは、
王国でも神でも帝国でもない。
この村自身だ。」**
ミナが、
ゆっくりと隣に立つ。
**「……私も……
ここにいます。」**
その一言が、
村に落ちた。
◆選択の代償
未定派の老人が、
ゆっくり頷く。
「……楽な道を、
全部閉じたな。」
援助派の男が、
拳を握る。
「……怖い……
でも……
逃げ道が一つなら……
前を見るしかない。」
拒否派の若者が、
静かに言う。
「これで、
本当の意味で
同じ場所に立った。」
村は――
後戻りできない位置へ進んだ。
◆世界の反応(兆し)
その夜。
王国では、
「交渉失敗」の報告が上がる。
教会では、
「精神介入の時機」を巡る議論が始まる。
帝国では、
影の男が短く呟いた。
「線を引いたか。」
◆最後の静けさ
焚き火の前。
ミナが、カイルに小さく言う。
「……怖いね。」
カイルは、短く答えた。
「だから、正しい。」
火が、静かに揺れた。
──第173話へ続く




