第171話 三つの来訪――世界が踏み込む朝
夜明け。
村の朝は、
いつもより早く始まった。
鳥の声より先に、
足音が聞こえたからだ。
◆最初に来たのは「王国」
村の入口に、
整然とした隊列が現れた。
鎧は磨かれ、
旗は掲げられ、
剣は鞘に収まっている。
先頭の騎士が、兜を外した。
「王国近衛隊長、アルベルトだ。
本村の安全確認と、
保護の申し出に来た。」
“保護”。
その言葉に、
村人たちの肩が強張る。
援助派の男が小声で言う。
「……また、守られるのか……?」
拒否派の若者が歯を噛む。
「守られた先に、
自由はあったか?」
未定派の老人は黙っている。
◆次に現れたのは「教会」
白いローブが、
朝霧の中から浮かび上がる。
祈りの光が、
地面を静かに照らした。
枢機卿が一歩前へ。
「争いは終わりました。
魂は傷ついています。
癒しと導きが必要です。」
“導き”。
セリアが小さく舌打ちする。
「言葉を変えただけで、
やってることは同じね。」
リアは顔色を変えない。
「でも、
信仰は拒めば“敵意”に変わります……」
ミナは、
無意識に拳を握っていた。
◆最後に「帝国」
拍子抜けするほど、静かだった。
鎧も旗もない。
数人の黒衣が、
木陰に立っているだけ。
その中の一人が、前へ出た。
「帝国観測局。
今回の衝突に関する、
事実確認のみ行う。」
“のみ”。
誰も信じなかった。
ラウルが小声で笑う。
「三者三様、
全員嘘つきだな。」
◆三つの視線、ひとつの村
王国は言う。
「保護を受ければ、
二度と戦火は来ない。」
教会は言う。
「信仰は、
選択の重荷を軽くする。」
帝国は言う。
「選択は観測対象だ。
干渉はしない。」
村人たちの視線が、
自然と集まる。
――カイルへ。
――ミナへ。
ここにいる誰よりも、
この状況を“動かせる”二人へ。
◆カイル、立つ
カイルは一歩前へ出た。
剣は抜かない。
拳も握らない。
ただ、立つ。
「村の意思は、
ここにいる連中全員のものだ。」
王国の隊長が眉をひそめる。
「だが、
代表が必要だろう。」
カイルは即答する。
「必要ねぇ。」
空気が凍る。
教会の枢機卿が、静かに言う。
「統率なき群れは、
必ず崩れます。」
**「崩れるかどうかは、
俺たちが決める。」**
帝国の男が、
わずかに笑った。
◆ミナの一歩
ミナが、カイルの隣に立つ。
声は震えていた。
だが、逃げなかった。
「……私たちは……
まだ、選んでいます。」
王国の隊長が問い返す。
「何を?」
ミナは、はっきり答えた。
「間違える自由を。」
ざわめき。
教会側に、
明確な不快の色。
帝国側に、
興味の光。
◆村の声
未定派の老人が、
ゆっくり前へ出る。
「わしらは、
まだ決めとらん。」
援助派の男が続く。
「助けは欲しい。
だが、
従う気はない。」
拒否派の若者が拳を握る。
「自由は手放さない。
でも、
孤立も選ばない。」
三つの立場が、
三つの言葉を発する。
だが――
一つも、外に委ねていない。
◆三勢力の沈黙
王国の隊長は、
一度だけ深く息を吐いた。
「……保護の件は、
保留とする。」
教会の枢機卿は、
祈りの光を弱めた。
「導きは、
求められるまで待とう。」
帝国の男は、
淡々と記録を取る。
「観測継続。」
三者とも、
引いた。
だが――
退いたわけではない。
◆嵐の前
三勢力が去ったあと、
村には奇妙な静けさが残った。
ミナが小さく言う。
「……これで……
終わり?」
カイルは首を振る。
「始まった。」
リアが静かに補足する。
「世界が、
“この村をどう扱うか”ではなく……
“この村が、世界をどう扱うか”を
考え始めました。」
セリアが苦笑する。
「厄介ね。」
ラウルが肩を鳴らす。
「面白ぇ。」
ミナは、深く息を吸った。
(……逃げない。
選ぶ。
何度でも。)
──第172話へ続く




