第17話 街影の暗殺者
裏路地の先に立ちはだかるフードの人物。
その足取り、重心、呼吸――すべてが“殺し”に最適化されていた。
ただの冒険者ではない。
魔物でもない。
訓練された殺戮者。
男は淡々と告げる。
「対象確認。ミナ・シュメール。拘束、回収――護衛は排除」
リアが剣を構え、ミナを背に押しやった。
「暗殺者……? 街の中にまで入り込んでいるなんて……!」
ミナは杖を震わせながらも、逃げずに踏みとどまる。
「か、カイルさんとリアさんを……邪魔させません……!」
俺は小さく頷く。
「怖くていい。震えていい。そのまま戦え」
暗殺者は会話の隙など与えない。
音もなく地を蹴り、影のように迫った。
――速い。
その瞬間、リアが突き出した。
「《挑発斬》!」
切っ先は届かない。
だが目的は“注意を引く”こと。
暗殺者の狙いがミナからリアへ向き、視線がブレる。
「そこっ!!」
ミナの魔力が一点に収束する。
「《光閃》!」
眩い閃光が暗殺者の視界を奪う。
直接攻撃ではなく回避不能の足止め。
目を開けまいと首を下げた暗殺者は、必然的に体勢を崩した。
リアの蹴りが腹部に決まる。
「まだまだ!!」
だが――暗殺者は常人ではない。
視界を潰したまま、反射だけでリアの蹴りを受け流す。
操り糸のような精密な体捌き。
そのまま影をまとった短刀を抜き、リアの喉元に迫る。
ミナが絶叫する。
「リアさん!!」
次の瞬間
ガンッ!!
短刀が粉砕された。
俺の指が
**ただ“つまんで折った”**だけだった。
暗殺者は視界の回復すら追いつかないまま、気配を失う。
「……いつの間に背後に……?」
答える気はなかった。
掌を向けるだけで、影の鎧も肉体強化も意味を成さず、
暗殺者の全身が膝から崩れる。
だが殺しはしない。
「質問だ。誰の命令でミナを狙ってる?」
暗殺者は苦痛の中で笑った。
「教えるとでも……?」
同時に、全身の魔力が爆ぜる――自爆。
俺は指を鳴らした。
「《魔力凍結》」
自爆魔法は凍りつき、魔力そのものが消滅。
暗殺者はその場で気を失った。
リアは息を整え、ミナは呆然と立ち尽くしていた。
「カイル……さん……」
俺は振り返り、静かに言う。
「ミナを狙う奴は全員叩き潰す。
理由がどうであれ、脅しも攫うのも二度とさせない」
その声は静かで、しかしどこよりも冷たかった。
その直後、裏路地の屋根から影が降り注いだ。
暗殺者は1人ではなかった。
「第二波、来ます!!」リアが叫ぶ。
ミナは震えながら杖を握りしめる。
「わ、わたし……また援護……!」
「いや、いい。ここからは休んでろ」
俺は静かに歩き出した。
リアとミナは息を呑む。
男たちが屋根・窓・影・路地から一斉に襲来――10人以上。
全員が殺意の塊。
だが俺の声は、穏やかだった。
「悪いな。
ここから先は、“守りたい奴の前で見せる強さ”だ」
足元から魔法陣が広がる。
「《永劫の理:殲界律》」
――風が吹いた。
それだけで終わった。
暗殺者たちは倒れる間もなく、地面に沈んだ。
肉体を損壊せず、魂だけが断たれた一撃。
リアもミナも、声すら出なかった。
俺は肩越しに二人へ向けて言う。
「行こう。ここに長くいる必要はない」
その背中を、ミナはうるんだ瞳で見つめた。
「……守ってくれて……ありがとう」
リアは剣を収め、静かに呟く。
「戦うたびに思います。
“追放した人たち、この強さに気づけなかったのか”…と」
ミナは強く頷く。
「気づけなかったんじゃなくて……
見ようとしなかったんだと思います」
その言葉は、
誰もが心の中で思っていたことだった。
暗殺者の死体すら残さない無双。
勝利は圧倒的だった。
しかし――宿命はここからが本番。
ミナを巡る争奪戦。
街の裏と表に潜む複数勢力。
そして王都で進行する“追放の代償”。
でも今は、この3人が確かに勝ち取った瞬間だった。
守れて、勝って、生き残った。
それだけで十分誇っていい。
——第18話へ続く。




