第166話 旅立ち前夜――静かな揺れ
夜。
村は、いつもより静かだった。
焚き火の音だけが、
風に揺れている。
明日――
ミナたちは旅立つ。
村にとって、ひとつの節目。
だが、別れではない。
終わりでなく、始まり。
それでも――
誰もが胸の奥で震えていた。
◆援助派の言葉
村の中央で、
援助派の男と妻が近づいてきた。
男が深く頭を下げる。
「……ありがとう。
助けてくれたのは、
あの日の戦いだけじゃない。」
カイルが返す。
「俺は、守っただけだ。」
男は首を振る。
「違う。
“守られた”と実感できたから、
自分たちでも生きようと思えたんだ。」
妻がミナへ微笑む。
「子どもたちに……
あなたたちの背中を見せたかった。」
ミナの目が揺れる。
(……背中を見せるって……
そんなふうに受け取られていたんだ……)
言葉が出なかった。
ただ――
頷いた。
◆拒否派の言葉
次に、拒否派の若者が来た。
昨日、手を切った彼だ。
包帯の上から力強く握り拳を作る。
「……お前たちが外へ出るって聞いて……
嬉しかった。」
セリアが眉をひそめる。
「嬉しい?」
若者は頷く。
「自分で決めるって、
孤独だと思ってた。
でも――
外にも孤独があるなら、
それはもう孤独じゃない。」
ラウルが笑った。
「ややこしい理屈だな。」
若者は照れくさそうに笑い返す。
「だろ?
でもさ……
“拒否”って言葉、
いやじゃねぇか?」
セリアは静かに答えた。
「嫌っていうより……
誤解されやすいだけ。」
若者は深く頷いた。
「だから――
外のやつらに言ってきてくれよ。」
ミナは立ち止まる。
「……何を?」
若者は拳を握り、
はっきり言った。
「自由は従属じゃねぇって。」
ミナは胸の奥が熱くなった。
(……この村の人たちは……
強い……
本当に……)
◆未定派の言葉
そして――
最後に、未定派の老人が歩み寄る。
足取りはゆっくりだが、
眼光は鋭い。
「わしは……
選べんかった。」
ミナは否定しようとするが、
老人が手を上げて制する。
「それでええ。
選ばんことも、
選びや。」
ミナの目が揺れる。
老人は続けた。
「明日、お前らがいなくなっても――
わしらは残る。
残って、悩んで、迷って、
それでも生きる。」
リアが静かに言う。
「未定は……
終わりではなく、過程ですね。」
老人は笑った。
「そのとおりや。」
そして――
ミナの手を握る。
弱いはずの手が、
信じられないほど温かかった。
「戻ってこい。
選んだ先で迷ったら……
戻れる場所にな。」
ミナは、こらえきれず目を閉じた。
(戻れる場所……
あるんだ……)
◆夜の会議
そして――
焚き火の前で、
五人が輪をつくる。
カイル
ミナ
リア
セリア
ラウル
言葉は少ない。
だが、必要な確認は一つだけ。
リアが呟く。
「帝国だけではなく……
教会と王国も動きます。」
セリアが目を鋭くする。
「戦うの?」
カイルは首を横に振る。
**「戦う道を選ぶかは、
戦ってから決めればいい。」**
ラウルが笑う。
「面白ぇ答えだ。」
ミナは深く息を吸い込む。
そして、決意の光で言う。
**「明日――
歩き出す。」**
その瞬間――
村の外から、
低いうねりのような気配が流れ込んだ。
魔力の波。
息の震え。
血の匂い。
ラウルが瞬時に振り返る。
「……来たな。」
セリアが剣に手を置く。
「予定より早い。」
リアが呟く。
「帝国でも教会でもない……
この魔力は……」
カイルは、静かに言う。
「明日の話じゃねぇようだ。」
村の明かりが揺らいだ。
炎が弾ける。
風が止む。
旅立ち前の夜は――
まだ終わらない。
──第167話へ続く




