第162話 崩れる均衡――二つの事件
朝。
柔らかい陽光が降り注ぐ。
それなのに――
村の空気はざわついていた。
理由は、同時に起きた二つの出来事。
一つは、援助派に。
一つは、拒否派に。
どちらも偶然のように見え、
偶然ではないように響いた。
◆事件①:援助派の“変化”
援助派の家のひとつ――
外壁に新品の補強材が取り付けられていた。
昨日までなかったもの。
誰も頼んでいないもの。
家の主が、困惑した声で言う。
「……こんなの、いつ来た……?」
周囲の村人が囁く。
「贈り物じゃない……
援助そのものだ……」
「勝手に直されたって……
それはもう……
支配だ……」
屋内では、子どもたちがはしゃいでいる。
「すごい!
雨の日も安心だね!」
男は、胸を押さえた。
苦しさと、安堵と、誇りと、屈辱が入り混じる。
表情を見ていたセリアが呟く。
「これが……
“楽”と“重荷”が入れ替わる瞬間。」
リアは低い声で言う。
「援助の受け手が、
援助の所有者に変わってしまった……」
ラウルが肩をすくめる。
「借りは、
返せねぇほど大きい方が、深く刺さる。」
◆事件②:拒否派の“欠落”
同じ頃。
拒否派の家の前に――
パンが一つ、置かれていた。
誰が置いたのか分からない。
匂いの良い、温かいパン。
家の主人が呟く。
「……食べていいのか……?」
隣の若者が返す。
「……罠だ……
そう見える……」
パンはただのパンなのに、
意味を持ってしまった。
拒否派の中に走る声。
「……助けてほしいんじゃない……
助かりたいんだ……」
「でも、それは……
負けじゃないのか……?」
ミナは、パンを見つめた。
胸が痛む。
(……自由は……
豊かさと遠い……
でも……
貧しさと近い……)
◆揺らぐ“未定派”
帳面に、また数字が刻まれた。
援助派:12
拒否派:8
未定派:8
未定派が援助側に一人移った。
それだけの変化なのに――
空気は決定的に揺れる。
リアが青ざめた声で言う。
「未定派は……
動き始めました……」
セリアは眼を細める。
「揺らぎは……
次の揺らぎを呼ぶ……」
ラウルは肩を回した。
「そろそろ“波”になる。」
ミナは唇を噛んだ。
(……村が……
変わっていく……
変わらざるを得ない……)
◆カイルの観察
カイルは、二つの現場を見て回り――
帰り道、静かに言った。
**「外の力は、
もう村に入り込んでる。」**
ミナが震える声で問う。
「援助……?
誘惑……?」
カイルは首を振る。
「意志だ。」
ミナは瞬きをする。
「……村の……
意思……?」
カイルは火を見つめるように言う。
**「支配でも、
自由でもない。
現実を前にした、
“生きようとする意思”。」**
ミナの胸が震えた。
(生きるって……
どんな形でも……
苦しいんだ……)
◆夜――歪む空気
焚き火の前で、
援助派の男と、拒否派の若者が視線を交わす。
争いではない。
同情でもない。
ただ――
痛みの共有。
それを見て、
未定派の老人が呟く。
「……まだ……
壊れていない……」
リアが息を吐く。
「揺れているのに……
崩れていない。」
セリアが答える。
「それが、一番危険。」
ラウルが笑う。
「壊れる寸前が、
一番“静か”だ。」
ミナは、焚き火から目を離さなかった。
◆世界の反応
王国:
《援助拡大案が承認》
村への支援を正式制度化へ。
教会:
《拒否派に精神的支援案》
独立信仰モデルの構築検討。
帝国:
《未定派動向注視》
影の男は呟く。
「均衡は壊れた。」
◆最後の数行
深夜。
帳面に、
またひとつ線が増えた。
《未定派:9》
誰が書いたか分からない。
だが――
増え続ける数字が、
未来を揺らし続ける。
──第163続く続く




