第161話 傷跡――小さな衝突の続き
朝。
地面に落ちた血の跡は、
夜の露で薄れていた。
だが、村人たちの胸に刻まれた傷跡は、
消えていなかった。
◆責任の視線
援助派の若い男は、
包帯で巻かれた手を押さえながら歩いていた。
拒否派の若者が声をかける。
「……大丈夫か?」
男は、答えない。
声は聞こえている。
言葉も意味している。
だが――
返す言葉が、ない。
その沈黙を見ていた未定派の老人が呟く。
「痛みは、
誰に向けるかで変わる。」
リアが遠くからそれを見つめていた。
「……まずいですね……
“誰かのせい”という形に
向かい始めています……」
◆数字の圧力
広場。
帳面の前に、
いつもより多くの人が集まっていた。
そこには、
変化した数字があった。
援助派:11
拒否派:9
未定派:8
未定派がさらに増えたことで、
数字の距離は縮まった。
セリアが眉をひそめる。
「……これで、
“多数派”が消えた。」
ラウルが頷く。
「三つ巴だ。
どこが勝っても勝ちきれねぇ。」
ミナは、帳面を見ながら言う。
「……これ……
勝つ必要……
あるの……?」
リアが答える。
「ありません。
勝つ必要はない。
でも、人は……
“勝ち負けとして”理解してしまう。」
◆助けを受けた側の重さ
援助派の家で、
男が妻に言う。
「……助けがあるのはいい。
でも……
借りは重い。」
妻が静かに返す。
「借りているのは物じゃない。
未来だよ。」
その会話を聞いていた子どもが小さく漏らす。
「未来って……
重いの……?」
ミナは胸を抉られたような気がした。
(……重い……
重いよ……
選ぶって……
重い……)
◆拒否派の疲労
拒否派の若者は、
昨日の箱を拾っていた。
あの時は断られたが、
今は、ただ拾っている。
誰にも言われない。
誰にも見られない。
それでも拾う。
セリアはその姿を見て言う。
「……拒む自由は……
孤独につながる……」
◆未定派の揺れ
未定派の老人が帳面の前で立ち尽くしていた。
記録はただの文字。
ただの数字。
だが――
意味を持ってしまった。
「……未定は……
逃げでも……
保留でもなく……
“選ぶ時間”だと思っていた……
だが……
時が来れば……
決めざるを得なくなる……」
リアが呟く。
「未定派にとって、
一番辛い段階です……
“今”と“未来”が同時に重なる。」
◆ミナの変化
焚き火の前。
ミナは両手を握りしめていた。
「……昨日……
止めなかった……
それが……
間違いだった……?」
カイルは答えなかった。
沈黙は拒絶ではない。
沈黙は、思考の時間だった。
ミナは続けた。
「止めたら……
選べなくなる……
止めなかったら……
傷つく……
どっちも……
怖い……」
カイルはようやく言った。
**「怖いなら――
その怖さを選べばいい。」**
ミナの瞳が揺れる。
「怖さを……?」
**「痛くない選択は、
ただの従属だ。」**
ミナは息を呑んだ。
その意味が、胸奥に届く。
セリアが小さく呟く。
「選択を止めないって……
本当に地獄ね。」
ラウルは、納得するように頷いた。
◆村へ伝わる影
夜。
村の外に立つ観測者たちは、
いつもより数が多かった。
王国、教会、帝国――
そしてその他の人影。
誰も動かない。
誰も介入しない。
ただ――
見ている。
リアは震える声で言う。
「……村が、
“国家の実験対象”になりつつあります……」
カイルは火を見つめたまま言う。
**「見られるなら、
見せればいい。」**
ミナが不安げに問う。
「……なにを……?」
カイルは答えた。
「選び続ける姿を。」
ミナの胸の奥で、
何かが静かに震え始めた。
それは恐怖ではない。
希望でもない。
ただ――
意志だった。
──第162話へ続く




