第160話 小さな火花――衝突の始まり
朝。
澄んだ空に陽光が差す。
鳥が鳴き、風が草を揺らす。
だが――村の空気は落ちていた。
広場に集まった数人が、
低い声で言い合っていた。
◆最初の言葉は、小さかった
援助を受け入れた家の若い男が言う。
「……悪かったな……
うちは援助を受けたせいで、
楽してるみたいに見えるか?」
拒否派の若者が答える。
「ちがう……
楽が悪いわけじゃない……
ただ……
うちは自分でやりたいだけで……」
その間に――
未定派の老人が挟まる。
「自分でやるってのは……
いつか誰かを助ける余裕を作ることだよ。」
言葉は穏やか。
意味は鋭い。
風が止まったように、
空気が重くなる。
リアが、静かに息を呑んだ。
「……衝突の構造が、整いました……」
◆火花が散る瞬間
若い男が、苦しそうに笑う。
「助ける余裕ができたら、助けてやる?
余裕がなかったら、見捨てるんだよな?」
拒否派の若者が反発する。
「ちがう!
そうじゃない!」
未定派の老人が食い下がる。
「いや……
いずれは、そういうことになる……
自分で選ぶってことは……」
誰も怒鳴らない。
誰も暴れない。
ただ――
火花が落ちた。
セリアが小さく呟く。
「……十分だ……
衝突は始まった。」
◆ほんの小さな出来事
火花は、予想外の場所に落ちた。
援助派の男が抱えていた箱が揺れ、
中身の器具が地面に転がる。
拒否派の若者が、思わず言った。
「拾うよ。」
男が言う。
「いい。」
老人が言う。
「二人で拾え。」
沈黙。
拒否派の若者が箱へ手を伸ばす。
援助派の男も手を伸ばす。
二人の指が触れた瞬間――
箱が傾き、角で若者の手を切った。
赤い血が一滴、土へ落ちる。
それだけのことだった。
なのに――
村人たちの表情が強張った。
ひとつの思考が走る。
“どっちのせいだ?”
◆ミナの反応
ミナは息を飲んだ。
胸の奥が、熱く揺れる。
(……止めなきゃ……!
でも……
止めたら……
選べなくなる……!)
動けなかった。
力が揺れ、
感情が震え、
選択も迷った。
その時――
◆カイルが動く
カイルは、迷いなく間に立った。
「誰のせいでもない。」
声は低いが、確実だった。
村人たちが、カイルを見た。
一瞬だけ、緊張が緩む。
だが――
援助派の男が、険しい声で言った。
「お前は……
見てただけだろ。」
拒否派の若者が、
同じ言葉を続けるように呟く。
「そうだ……
どっちにも声をかけなかった……」
未定派の老人が、目を伏せる。
「選ばないのは、罪かもしれん……」
その言葉で、
空気がさらに重くなった。
リアが震える声で言う。
「……“選ばない自由”が、
責められ始めました……」
◆ミナの決断
ミナは、震えながら前に進んだ。
「……私……
怖い……
でも……
逃げない……」
その声は小さかった。
けれど――村の全員が聞いた。
セリアの表情が揺れる。
ラウルの唇が引き結ばれる。
カイルが、静かに言った。
「じゃあ、選べ。」
ミナは、目を閉じた。
深く息を吸った。
そして――
**「私は……
誰も責めたくない。」**
その一言が、
村に落ちた。
怒りにはならず、
争いにもならず、
ただ心の奥へ沈んだ。
だが――
均衡は失われた。
◆余波:世界の反応
三勢力に速報が届く。
王国
《衝突の端緒》
統制の機会と見なす。
教会
《痛みを知る者が増加》
精神介入の余地拡大と判断。
帝国
《揺らぎは成熟段階へ》
影の男が呟く。
「これはもう、止まらない。」
◆最後の一行
夜。
帳面に新たな書き込み。
《未定派:8》
数字は揺れ続ける。
未来も揺れ続ける。
衝突は始まったばかり。
──第161話へ続く




