第158話 第三の立場――未定という選択
朝。
台帳を囲む人だかりができていた。
昨日書かれた一行――
《自分の家:未定》
たったそれだけの言葉が、
空気を揺らしていた。
援助派の男が言う。
「……決められない、ってことか?」
拒否派の若者は、首を振る。
「違う。
“今は決めたくない”ってことだ。」
どちらも理解していない。
どちらも間違っていない。
だが――
第三の価値観が生まれた瞬間だった。
◆三つに割れる世界
リアが、静かに分析する。
「援助派、拒否派、未定派……
力学が変わりました……」
セリアが眉を寄せる。
「三極化は……
均衡じゃなくて……
揺らぎ。」
ラウルが頷く。
「立場が一つ増えると……
誰も“中心”じゃなくなる。」
ミナは息を呑む。
(……選ばない自由……
そんな形もあるんだ……)
◆“未定派”という正当性
午後。
台帳の前に置かれる椅子。
老人が座り、ひとこと言う。
「待ちたい。
それだけだ。」
若い母親も追加する。
「変わるかもしれないから、
まだ選ばない。」
援助派も、拒否派も、
その言葉に反論できない。
なぜなら――
正しいからだ。
選ばないことは、
逃げではなく、
未来に手を伸ばす選択だった。
◆揺さぶりの再生
夕方。
行商人が、再び訪れる。
何気ない会話の中で――
故意とは思えない自然さで、
こう言った。
「未定ってのは便利だな。
恩も売られないし、
責任もない。」
その言葉が、
周囲にじわりと浸透する。
援助派の男が呟く。
「そうだな……
誰より楽だな……」
拒否派が返す。
「でも、
一番正しいかもしれない……」
空気が揺れる。
リアが表情を固める。
「……これは……
本当に“自然発生”です……
外部誘導ではない。」
つまり。
ここからは、
誰にも止められない。
◆ミナの内側にある揺れ
夜。
焚き火の前。
ミナが、自分の胸に触れる。
「……私……
迷ってる人を見ると、
安心する……
安心してほしい、って思う……」
セリアが目を見開く。
「それ……
力の波及……?」
リアが解析する。
「恐怖を弱める。
焦りを抑える。
結論への圧力を減らす。
つまり――
“未定”が増える。」
ミナが息を呑む。
「……私……
選ばせるだけじゃない……
“決めなくてもいい”って……
思わせてる……?」
カイルは、焚き火を見つめながら言う。
「それも、選択だ。」
◆外の世界の反応
三勢力にも報告が届く。
王国
《未定層拡大》
――統制不能の兆候として危険視。
教会
《信仰・不信仰・未信仰》
――形而上の三分裂に警戒。
帝国
《観測継続》
影の男は笑う。
「静かな革命だ。」
◆台帳が増える
夜更け。
広場の台帳は、
書き込みで埋まり始めた。
援助派:11
拒否派:9
未定派:4
数字は曖昧。
名前は曖昧。
だが――
構造が生まれた。
ミナは、その光景を見つめる。
涙も笑みもなかった。
ただひとつの感情だけがあった。
(……選択は希望じゃない……
選択は痛みだ……)
◆カイルの言葉
カイルが、ミナにだけ聞こえる声で言う。
**「痛いなら、
続けていい。」**
ミナは、驚いたように見返す。
カイルは続ける。
**「痛みは、
生きている証だ。」**
ミナは、静かに頷いた。
涙は――落ちなかった。
──第159話へ続く




