第153話 静かな拒絶――物語にならない英雄
村は、相変わらず静かだった。
誰も称えず、
誰も恐れず、
誰も縋らない。
それが――
外の世界にとって、最も不都合だった。
◆物語にならないことへの苛立ち
王国の密談室。
若い官僚が、苛立ちを隠さず言う。
「……英雄譚にできません。
被害者でも、
救世主でもない……」
宰相は、深く息を吐いた。
「語れないという事実が、
逆に力を持つ。」
**「民は、
“説明されない安心”を
感じ始めている。」**
それは、統治者にとって
最悪の兆候だった。
◆教会の戸惑い
聖典庁。
神官が、困惑した声で言う。
「……信仰は、
減っていません……」
枢機卿が、低く問う。
「なら、
何が問題だ。」
神官は、言葉を選ぶ。
**「……祈らなくても、
人が落ち着いています……」**
それは、
“神を否定していないのに、
神を必要としない”状態。
教会は、
どう対処していいか分からなかった。
◆帝国の静観
帝国観測局。
影の男が、短く言う。
「動かないという選択は、
最も不安定だ。」
部下が尋ねる。
「では……
排除しますか?」
影の男は、首を振る。
**「いや。
排除すれば、
“物語”が完成する。」**
帝国は、
決して英雄を作らない。
◆村の中の変化
村人たちは、
特別なことをしていない。
だが――
互いに相談する回数が増えた。
誰かに決めてもらう前に、
話し合う。
それだけ。
リアが、静かに言う。
「……ミナの力が……
“場”として定着しています……」
セリアが腕を組む。
「……個人じゃなく、
空気を変えてる。」
ラウルが苦笑する。
「英雄一人より、
よっぽど厄介だな。」
◆新たな圧力――“好意”
その日の夕方。
村に、贈り物が届いた。
薬。
食料。
修繕用具。
送り主は、記されていない。
リアが、顔を曇らせる。
「……善意です。
でも……
“借り”を作る形……」
セリアが低く言う。
「恩を売って、
口を出す前段階ね。」
ミナは、迷いながら言った。
「……断った方が……?」
カイルは、短く答えた。
「受け取る。」
全員が、彼を見る。
**「ただし、
返す。」**
◆“返す”という拒絶
その夜。
村人総出で、
受け取った物資を整理する。
使う分だけ使い、
残りは――
等価の物に変えて返送する。
手紙は、短い。
**《助けは感謝する。
だが、
借りは作らない。》**
それ以上、何も書かない。
◆効き始める拒絶
翌日。
王国の机で、
その返礼が確認される。
官僚が、呟く。
「……完全に……
依存を断ち切っている……」
宰相は、目を閉じた。
**「……“善意”が
通じない相手か……」**
教会も、同じ報告を受ける。
帝国では、影の男が
小さく笑った。
「賢い。」
◆焚き火の前
夜。
ミナが、ぽつりと言う。
「……何もしないのって……
戦うより……
難しいね……」
カイルは、短く答えた。
**「だから、
続ける価値がある。」**
ミナは、少し笑った。
──第154話へ続く




