第150話 最初の名指し――拒否された定義
その動きは、
宣戦布告でも、脅迫でもなかった。
むしろ――
丁寧すぎるほど穏やかだった。
◆名指しは、静かに行われる
王国中枢。
新たな文書が作成される。
**《参考呼称案:
“封鎖地帯解消者”
“未分類剣士個体A”
“剣による安定化事例”》**
若い官僚が、戸惑いながら言う。
「……個人名は……
伏せるのですか?」
宰相は、首を横に振った。
**「いいや。
“掴めるなら、掴め”。」**
そして、
最後に書き加えられた一文。
**《通称候補:
カイル・ヴァン・エルスト》**
名が出た瞬間、
文書の空気が変わった。
◆教会の“名づけ”
聖典庁。
聖具の前で、
神官たちが言葉を選ぶ。
「神に選ばれぬ力……
だが、
神を否定もしない……」
枢機卿が、低く告げる。
「“逸脱者”だ。」
その言葉は、
断罪ではない。
だが――
保護の対象から外す宣言だった。
◆帝国の反応
帝国観測局。
影の男が、名を眺めて呟く。
「……ようやく、
個人に戻ったか。」
部下が問う。
「危険度は?」
影の男は、即答しない。
**「定義できない限り、
危険度は測れない。」**
それは、
帝国流の最大評価だった。
◆村へ届く“噂”
昼。
行商人が、村に立ち寄る。
酒場もない広場で、
何気なく口にした。
「……最近、
“カイル”って剣士の話を
聞いたんだが……」
その瞬間。
ミナの胸が、きゅっと縮んだ。
◆ミナの不安
夜。
焚き火の前で、
ミナが言う。
「……名前……
出ちゃったね……」
リアが、慎重に答える。
「ええ……
“個体化”が始まりました……」
セリアが、低く言う。
「……次は、
“背景”を探る。」
ラウルが頷く。
「過去、出自、
何をしてきたか……
全部だ。」
ミナは、カイルを見る。
「……嫌だった……?」
カイルは、少しだけ考えた。
「予想してた。」
それだけ。
◆過去への手
同時刻。
王国の別室で、
古い帳簿が引き出される。
**《エルスト家――
地方小貴族
十数年前、断絶》**
官僚が、眉をひそめる。
「……事故……
いや……
“記録欠落”……?」
◆教会の裏記録
聖典庁地下。
封印指定文書。
**《当時、
“選定拒否事例”あり
対象:少年一名
名:カイル》**
神官の手が、止まる。
◆帝国の視点
影の男が、静かに言う。
「……やはりな。」
◆当人
焚き火の前。
カイルは、火を見つめていた。
**「名前を出されたら、
終わりじゃない。」**
ミナが、息を詰める。
「始まるだけだ。」
──第151話へ続く




