第141話 その後の世界――名前を失った神話
夜明け。
封鎖地帯の外縁に、薄い光が差し込む。
世界は何事もなかったかのように回り始めていた。
――だが、中身は違う。
◆勇者のその後
名もなき街道。
かつて勇者と呼ばれた男は、
鎧を脱ぎ、剣を背負わず、
ただ歩いていた。
通行人は、彼を見ても足を止めない。
誰も、気づかない。
それが、彼にとっての最初の現実だった。
男は、空を見上げる。
「……選ばれなくても……
生きていい、か……」
その言葉だけが、
胸の奥に残っていた。
神話は、終わった。
だが――人生は終わっていない。
◆王国――“英雄依存”の崩壊
王都。
会議室で、宰相が重い声で告げる。
「勇者という制度は、
もはや機能していない。」
反論は、出なかった。
代わりに議題に上がったのは――
地方防衛の再編
冒険者ギルドの権限強化
国家単独での安全保障
「英雄に任せる時代は終わった」
それが、王国の結論だった。
◆教会――“選別”の放棄
聖典庁。
聖堂の奥で、
新たな布告が読み上げられる。
**《神は、人を選ばない》
《選択するのは、人自身である》**
千年続いた思想が、
静かに書き換えられた。
反発はある。
だが、否定はできない。
“神に選ばれなかった者”が、
世界を救ったからだ。
◆帝国――理解者の立場
帝国影の評議会。
仮面の男が、短く言う。
「彼は、
国に属さない。」
誰も異議を唱えない。
「だからこそ、
我々は“敵にしない”。
それ以上も、以下もない。」
帝国は、
カイルを管理しないことを選んだ。
それが、最も現実的な判断だった。
◆名前のない英雄
街では、
奇妙な噂が流れ始める。
「勇者じゃないのに、
魔物を消した剣士がいるらしい。」
「名前は……
誰も知らない。」
それでいい。
名前がないから、
神話にならない。
◆当人たち
焚き火を消し、
旅の支度を終える。
セリアが、伸びをする。
「……で、
次はどこ?」
リアが地図を広げる。
「管理されていない場所は、
まだいくつかあります。」
ラウルが笑う。
「面倒事の匂いしかしねぇな。」
ミナは、少しだけ迷ってから言う。
「……でも……
選べるなら……
行きたい。」
カイルは、短く答えた。
「行こう。」
ーー第142話に続く




