第140話 選ばれなかった者――勇者、最後の決断
夜明け前。
封鎖地帯の外縁、風が冷たく吹き抜ける。
焚き火は落とされ、
五人はすでに“来訪者”を察知していた。
足音は一つ。
迷いがなく、しかし重い。
セリアが低く言う。
「……一人。」
リアが頷く。
「……魔力反応、単独。
でも……
感情の振れ幅が、異常です。」
ミナが胸を押さえる。
「……苦しい……」
カイルは、静かに前へ出た。
◆勇者、現る
闇の中から現れたのは、
かつて“世界の希望”と呼ばれた男。
鎧は手入れされていない。
剣は握りしめられ、
目は、焦点が合っていなかった。
勇者は、カイルを睨みつける。
「……お前か。」
カイルは答えない。
勇者は続ける。
「お前が……
全部、奪った。」
セリアが一歩前に出ようとするが、
カイルが手で制した。
◆最後の言葉
勇者は、声を荒げる。
「俺は……
神に選ばれた……
世界を救うために……!」
その声は、
もはや説得ではなく、縋りだった。
カイルは、静かに答えた。
「違う。」
勇者の動きが止まる。
**「選ばれたんじゃない。
“使われてただけだ。”」**
その言葉は、
剣より深く刺さった。
勇者は、震えながら叫ぶ。
「黙れ!!
お前に何が分かる!!」
◆戦闘開始――しかし
勇者が踏み込む。
速い。
確かに、速い。
勇者として鍛えられた剣。
だが――
届かない。
カイルは、動かない。
剣を抜きもせず、
一歩、半歩、
位置をずらすだけ。
リアが息を呑む。
「……避けているんじゃない……
“必要な場所にいない”……」
セリアは歯を噛みしめる。
「……完全に……
戦場を……」
「支配してる……」
◆勇者、崩れる
何度振っても、
当たらない。
勇者の呼吸が乱れる。
「なぜだ……!!
俺は……!!」
カイルは、ようやく剣を抜いた。
だが――
構えない。
「終わらせる。」
一閃。
音も、光もない。
勇者の剣が、
地面に落ちた。
勇者自身は、
まだ立っている。
だが、
腕が震えて、動かない。
リアが、静かに言う。
「……筋力も、
魔力も、
“否定”された……」
◆最大火力ざまぁ
勇者は、膝をついた。
「……俺は……
間違って……
いたのか……?」
カイルは、剣を下ろした。
**「間違ってたのは、
世界の方だ。」**
勇者は、顔を歪める。
「……救われる価値が……
俺には……」
カイルは、淡々と告げる。
**「ないなんて、
言ってない。」**
一瞬、勇者が顔を上げる。
**「でも――
“救う側”じゃなかった。」**
完全な否定。
逃げ道なし。
勇者は、嗚咽を漏らす。
◆最後の選択
セリアが、静かに言う。
「……どうする?」
カイルは、勇者を見る。
殺さない。
捕らえない。
命令もしない。
「生きろ。」
勇者は、愕然とする。
「……は……?」
**「それだけだ。
選ばれなくても、
生きていい。」**
それは、
彼が一度も与えられなかった言葉だった。
勇者は、剣も持たず、
ふらふらと立ち上がる。
何も言えない。
◆完全決着
勇者は、背を向けて歩き出す。
追う者はいない。
帝国の観測者は、
遠くから記録する。
**《勇者:敗北
討伐対象にあらず
脅威度:消失》**
◆焚き火の前
ミナが、震える声で言う。
「……終わった……?」
カイルは頷く。
「この章は。」
セリアは、剣を納め、笑った。
ラウルが肩をすくめる。
「派手じゃねぇのに、
一番きついやつだな。」
リアは、静かに結論づける。
「……世界はもう、
元に戻れません。」
──第141話へ続く




