第138話 招かれざる客――世界が頭を下げに来る
朝霧が、まだ地を這っていた。
封鎖地帯の外れに張った簡易野営地。
焚き火の残り香の中で、五人は静かに朝を迎えていた。
その空気を――
壊さないように近づく気配がある。
リアが、そっと顔を上げた。
「……来ました。」
セリアが剣に手を掛ける。
「敵?」
リアは首を振る。
「……いいえ。
“お願いしに来た側”です。」
◆最初に現れたのは「王国」
森の向こうから現れたのは、
王国の正式使節団。
だが、武装は最小限。
先頭に立つのは、あの役人ではない。
宰相直属の文官だった。
彼は、距離を保ったまま深く一礼する。
「カイル・ヴァン・エルスト殿。
このたびは……
封鎖地帯の件、
王国として深く感謝いたします。」
沈黙。
ラウルが、耳打ちする。
「……感謝、だとよ。」
ミナは、思わず目を見開く。
(……“保護”とか言ってた人たちが……)
文官は続ける。
「王国としては……
正式な功績認定と――
相応の地位を……」
その言葉を、
カイルは、途中で遮った。
「いらない。」
文官が、言葉に詰まる。
「……は?」
カイルは、淡々と続ける。
**「感謝も、地位も、
後出しの正当化だ。」**
空気が、凍る。
文官は、必死に言葉を選ぶ。
「しかし……
国としては、
この事実を――」
**「国が何もしなかった事実も、
一緒に記録しろ。」**
文官の顔が、真っ白になる。
それは、
**功績の否定ではなく、
“怠慢の指摘”**だった。
セリアが、静かに呟く。
「……完全に、
立場逆転ね。」
◆次に現れたのは「教会」
王国使節が引いた直後、
白いローブの一団が姿を現す。
聖典庁の高位神官。
昼に見た脅しの男とは、
明らかに格が違う。
彼は、跪いた。
**「神に代わり、
謝罪いたします。」**
ミナが、息を呑む。
リアでさえ、驚いた。
「……跪いた……」
神官は、深く頭を下げたまま言う。
「我々は……
“選別”を神の名で正当化していました。
しかし……
それは神意ではなかった。」
そして、はっきり告げる。
**「あなたの行いは、
神の領域を侵したのではなく――
“人の自由”を取り戻したのです。」**
教会が、
自分たちの思想的敗北を認めた瞬間だった。
だが――
カイルの反応は、変わらない。
「謝る相手が違う。」
神官が、顔を上げる。
カイルは、ミナを見る。
「彼女にだ。」
ミナの喉が、ひくりと鳴った。
神官は、ゆっくりと向きを変え、
ミナの前で頭を下げる。
「……申し訳ありませんでした。」
ミナは、しばらく黙っていた。
そして、小さく言う。
「……もう……
“選ばれる”のは、嫌です。」
神官は、否定しなかった。
◆最後に現れたのは「帝国」
日が高くなった頃、
今度は堂々とした足音。
帝国の交渉役――
いつもの軽い笑み。
「いやぁ、
出遅れたかな?」
彼は、最初から頭を下げなかった。
だが、
対等な距離で立った。
**「正式に、
提案に来た。」**
リアが警戒する。
「……内容は?」
男は、簡潔に言った。
**「敵対しない。
管理しない。
利用しない。
ただ――
“関わらせてほしい”。」**
ラウルが、低く笑う。
「一番正直だな。」
セリアは、カイルを見る。
「どうする?」
カイルは、少しだけ考えた。
「条件付きだ。」
帝国の男が、興味深そうに笑う。
「聞こう。」
**「俺たちは、
誰の命令も受けない。
誰の正義も背負わない。」**
男は、即答した。
「当然だ。」
**「それでもいいなら、
“観測”だけは許す。」**
帝国の男は、満足そうに頷いた。
「契約成立だ。」
◆世界の序列が、書き換わる
その日。
王国は「命じられない存在」を知り
教会は「選別の否定」を受け入れ
帝国は「理解者」という立場を得た
そして――
勇者パーティは、完全に置き去りにされた。
◆ミナの言葉
夜。
焚き火の前で、
ミナがカイルに言う。
「……ありがとう。」
カイルは首を振る。
「選んだのは、
お前だ。」
ミナは、強く頷いた。
──第139話へ続く




