第133話 圧力と包囲――本気になった側
公開討伐から半日。
街リュンハイトの空気は、明確に変わっていた。
人々はもう、勇者を見上げていない。
同時に、カイルたちを追い回すこともしない。
“触れてはいけない存在”
そう直感で理解し始めていた。
だが――
それを許さない者たちがいる。
◆教会の動き――「秩序」の名の圧力
夕刻、宿の扉が叩かれた。
静かで、しかし拒否を許さない叩き方。
リアが気配を読む。
「……教会です。
しかも、正式な聖印。」
扉を開けると、
昼にいた神官とは別の男が立っていた。
年配で、穏やかな笑み。
だが目は冷たい。
「聖典庁より参りました。
少し、お話を。」
セリアが即座に前に出る。
「拒否は?」
男は微笑んだ。
「もちろん可能です。
ただし――」
視線を街へ向ける。
「“不幸な誤解”が広がるかもしれません。」
ミナの指が、わずかに震えた。
◆カイルの対応
カイルは椅子から立ち上がり、
男を真正面から見た。
「誤解って?」
男は静かに答える。
「例えば……
“勇者の功績を横取りした剣士”
“秩序を乱す危険人物”
“神に逆らう異端”……」
セリアが舌打ちする。
「脅しね。」
男は否定しない。
「秩序の維持です。」
カイルは、一瞬だけ黙った。
そして、短く言う。
「やってみろ。」
空気が凍る。
リアが、内心で息を止める。
(……この人……
本気で、
“広まっても構わない”と思ってる……)
男の笑みが、初めて揺れた。
◆王国の動き――“保護”という拘束
その夜、今度は王国役人が現れる。
形式張った口調。
「あなた方は、
国家安全保障上の理由により、
一時的に――」
カイルが遮る。
「保護だろ。」
役人が頷く。
「ええ……
“善意”です。」
ラウルが低く笑う。
「善意ってのは、
逃げられない場所に入れることか?」
役人は答えない。
沈黙が、肯定だった。
◆包囲網、完成――しかし
教会と王国。
二つの大きな権力が、同時に動いた。
普通なら、詰みだ。
だが――
今回は、違う。
リアが小さく言う。
「……動きが早すぎます。」
セリアが頷く。
「焦ってる。」
ミナが不安そうに問う。
「……どうして?」
カイルが答えた。
「評価が先に動いたからだ。」
市民は、もう見ている。
勇者が失言したこと
教会が説明を避けたこと
王国が“保護”と言いながら拘束しようとしていること
それらが、同時に起きている。
◆第三の手――帝国の介入
その時、
宿の外で足音が止まった。
今度は、堂々としている。
扉が開き、
昼に森で会った男――帝国の交渉役が入ってきた。
軽い調子。
「いやあ、盛況だね。」
教会の使者と王国役人が、同時に顔をしかめる。
「……帝国の人間が、
なぜここに。」
男は肩をすくめる。
「情報収集。
それと――」
カイルを見る。
「保険。」
教会の男が声を低くする。
「この件は、
王国と教会の問題です。」
帝国の男は、にっこり笑った。
「なら、
“国際問題”にしてもいい。」
一瞬で、場の力関係が変わった。
◆主導権は、誰にある?
帝国の男は続ける。
「この剣士を拘束すれば、
帝国は“人権侵害”として
正式に抗議する。」
王国役人の顔が青ざめる。
教会の男も、沈黙する。
リアが理解する。
(……帝国は……
カイルを守っているんじゃない……
“利用価値”を守ってる……)
だが、今は十分だった。
◆カイルの選択
カイルは、全員を見回した。
教会、王国、帝国。
そして言った。
**「今日は帰れ。
話は、次だ。」**
誰も、逆らえなかった。
教会の使者は、悔しそうに一礼する。
王国役人は、逃げるように去る。
帝国の男は、愉快そうに手を振った。
「じゃあ、また。」
◆夜、静かに
嵐が去った後。
ミナが、ぽつりと言う。
「……怖くなかった?」
カイルは答える。
「怖いよ。」
一瞬、皆が驚く。
カイルは続けた。
「でも、
黙って従う方が、
もっと怖い。」
セリアは、静かに笑った。
「……やっぱり、
隣に立つ人、間違えてないわ。」
──第134話へ続く




