第130話 噂と疑念――崩れ始める“勇者神話”
リュンハイトの朝は早い。
市場が開き、商人が声を張り、情報が貨幣のように行き交う。
噂は、酒場だけに留まらなかった。
◆市場に広がる違和感
果物屋の前で、二人の商人が話している。
「なあ、聞いたか?
塔の件、勇者がやったって話。」
「ああ……でもよ、
それにしちゃ説明が曖昧すぎるだろ。」
「だよな。
“神の加護が働いた”とか……
それ、便利すぎじゃね?」
通りの向こうでは、巡礼者が首を傾げている。
「神が直接手を出したなら、
なぜ教会は詳細を語らないのだ?」
小さな疑問。
だが数が増えると、空気が変わる。
◆勇者パーティ側の焦り
一方、街外れの宿。
王国公認、勇者パーティの仮拠点。
勇者は机を叩いた。
「噂が、変な方向に行っている。」
僧侶が苛立たしげに言う。
「教会が“勇者の功績”として触れ回っていますが……
逆に怪しまれています。」
魔術師が顔をしかめる。
「証拠が薄すぎる。
塔の崩壊は前例がない……
“説明できない奇跡”は、不信を生む。」
勇者は歯を食いしばる。
「……誰かが、
裏で糸を引いている。」
その視線は、
まだ名前も知らぬ“誰か”へ向けられていた。
◆分担行動――静かな探索
同じ頃、カイルたちも動いていた。
派手に動けば目立つ。
だから――分散する。
・リア
図書商と古文書店を回り、
「塔」に関する古記録を調べる。
・ラウル
傭兵ギルドで酒を振る舞い、
“王国と教会の最近の動き”を探る。
・セリア
訓練場で剣を振り、
勇者パーティ周辺の空気を読む。
・ミナ
市場で買い物を装い、
一般市民の“本音”を集める。
・カイル
――あえて、何もしない。
宿で静かに待つ。
それ自体が、
一番の異常だった。
◆ミナが聞いた声
市場の端で、ミナは老婆に声をかけられる。
「嬢ちゃん……
最近、勇者様って……
本当に神の使いかね?」
ミナは一瞬迷い、
それから静かに答えた。
「……分かりません。
でも……
神様でも、人を守れないことはあります。」
老婆は、しばらく黙ってから頷いた。
「……そうかい。」
それだけで、十分だった。
◆セリアの気づき
訓練場。
王国系冒険者たちが、
勇者パーティの噂を大声で語っている。
だが、そこに熱はない。
「……最近、
勇者の名前を出しても、
皆、前ほど反応しない……」
セリアは剣を収め、呟いた。
「……神話って、
信じられなくなった瞬間に、
一気に崩れるのね。」
◆ラウルの情報
夜。
宿に戻ったラウルが、低い声で言った。
「王国が、
“次の功績”を急いでる。」
リアが顔を上げる。
「……失点を埋めるための演出ですね。」
ラウル
「ああ。
“分かりやすい悪役”を用意して、
勇者に倒させる気だ。」
ミナが不安げに言う。
「……それって……」
ラウルは頷いた。
「誰かが、
生贄になる。」
空気が、重くなる。
◆カイルの判断
全員が揃った夜。
カイルは、静かに言った。
「動くな。」
セリアが驚く。
「え……?」
カイル
「今は、動かない方がいい。」
リアが理解したように頷く。
「……こちらが動けば、
“犯人”を作れる。」
ミナ
「……私たちが……?」
カイル
「ああ。
だから――
向こうに動かせる。」
ラウルがニヤリとする。
「……罠だな?」
カイル
「ああ。
“自分から失敗する罠”だ。」
◆崩れ始める
同じ夜、街の掲示板に貼り紙が出た。
《勇者パーティによる公開討伐》
―近日、街外れにて“邪悪なる存在”を討伐―
人々は集まり、ざわめく。
だがその表情は、
期待よりも――様子見だった。
誰かが、小さく言う。
「……本当に、大丈夫なのか……?」
その疑念は、
もう止められない。
──第131話へ続く




