第129話 情報を制する者――街へ
街の名はリュンハイト。
王都と帝国領の境に近い、交易と噂の集まる中規模都市だ。
五人は外套を纏い、
目立たぬよう冒険者風に装って城門をくぐった。
門番はちらりと視線を向けただけで、すぐに興味を失う。
――この街は、情報の洪水だ。
一人一人を精査する余裕はない。
セリアが小声で言う。
「……案外あっさりね。」
リアは周囲を見回しながら答える。
「人が多すぎます。
ここなら“消える”のも簡単です。」
ミナは緊張した面持ちで、街並みを見上げていた。
「……でも、ここ……
なんだか、見られてる感じがする……」
カイルは歩調を落とさず言う。
「気のせいじゃない。
噂が、先に着いてる。」
◆酒場「白鹿亭」
情報収集の定石――酒場。
昼間から賑わう店内は、
商人、傭兵、冒険者、巡礼者が入り混じっている。
ラウルが即座にカウンターへ向かい、
自然な動きで酒を注文した。
「兄ちゃん、最近この辺、騒がしいな?」
店主は肩をすくめる。
「ああ、そりゃもう。
“塔が壊れた”だの、“神の怒り”だの。」
セリアが耳を澄ます。
「……もう広まってる。」
店主は声を潜める。
「でな、妙な話もある。
“勇者様が塔を止めた”って噂もあるんだ。」
ラウルが、わざとらしく驚く。
「へぇ?
勇者が?」
店主は頷いた。
「王都からそう触れ回ってる連中がいてな。
教会筋らしい。」
リアの眼鏡が光る。
「……情報操作。」
ミナは不安そうに呟く。
「……本当じゃないのに……」
カイルは黙って聞いていたが、
店主の次の言葉で、空気が変わった。
◆勇者パーティの“名前”
「ただな……」
店主は少し困った顔をする。
「最近は、
“塔を壊したのは勇者じゃない”
って言う連中も出てきてる。」
セリアが息を止める。
「……誰が?」
店主は顎で奥の席を指した。
そこには、
旅装の若い冒険者たち。
興奮気味に話している。
「俺、見たんだよ。
塔が崩れる直前、
空が一瞬“割れた”の。」
「勇者の魔法じゃ無理だろ、それ……」
「だよな?
なんか、剣一本で立ってた奴がいたって……」
リアが小声で言う。
「……観測者じゃない。
“目撃者”です。」
カイルは静かに立ち上がった。
◆小さな事件
そのとき、酒場の入口が荒々しく開いた。
鎧を着た男たち――
王国系の冒険者パーティだ。
リーダー格が、奥の席の若者に絡み始める。
「おい。
勇者様を侮辱したって聞いたぞ?」
若者が怯えながら言う。
「い、いや……
ただ、見たことを……」
男は笑った。
「“見た”?
じゃあ、証拠出せよ。」
拳が振り上げられる。
――次の瞬間。
◆カイル、動く(まだ“無双”しない)
男の拳が、
若者に届く前に――
止まった。
掴まれていた。
誰が掴んだのか、
男は理解できなかった。
遅れて、気づく。
「……誰だ、お前。」
カイルだった。
力を込めていない。
だが、動かせない。
カイルは淡々と言う。
**「喧嘩するなら外でやれ。
店を壊すな。」**
男が怒鳴る。
「てめぇ……
王国の勇者様を侮辱する気か!?」
カイルは、少しだけ視線を上げた。
**「勇者が偉いなら、
殴る理由にはならない。」**
一瞬の沈黙。
酒場全体が、
“静かに注目している”。
男は歯を食いしばり、
仲間に目配せした。
だが――
誰も動かない。
理由は分からない。
ただ本能が告げている。
「この男には、触るな。」
男は舌打ちし、腕を引いた。
「……行くぞ。」
冒険者たちは撤退した。
◆残された余韻
酒場に、ざわめきが戻る。
若者が、震えながら言った。
「……ありがとう……」
カイルは頷いただけで、席に戻る。
ミナは胸を押さえ、小さく息を吐いた。
「……怖かった……」
セリアはカイルを見つめる。
(力を見せなくても……
場を制圧できる……
これが……格……)
リアは、静かに記録する。
「……勇者側の“圧”が、
もう通用し始めていない……」
ラウルがニヤリと笑う。
「いい兆候だな。」
◆ざまぁの“芽”
酒場の隅で、
誰かが小さく呟いた。
「……勇者って……
そんなに偉いのか……?」
その疑問は、
静かに、確実に、
街に広がっていく。
──第130話へ続く




